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紅白戦
代表合宿二日目。
まだ日も昇りきらないグラウンド。朝霧の残る芝生を踏み締めながら、陽彩は軽くランニングを始めた。
「やっぱりいた」
思わず笑みが零れる。ブルペンの隅。ひとり静かにストレッチをしている莉珠がいた。
「莉珠くん、おはよう」
「おはよう」
短い返事。
それでも昨日よりは少しだけ柔らかく聞こえた。
「今日も早いね」
「お前も」
その一言だけで、会話は途切れる。
沈黙なのに、不思議と気まずさはない。
高校時代もそうだった。互いに言葉は少ない。それでも同じ空間にいるのが当たり前だった。
陽彩は隣へ並び、ゆっくりと肩を回した。
「そういえばさ」
「ん」
「まだ、一回も勝負できてないね」
莉珠は前を向いたまま、静かに息を吐く。
「焦るな」
その二文字だけで、陽彩は思わず笑ってしまう。
「すぐそうやって余裕ぶる」
「事実だ」
「はいはい」
朝日が二人を照らす。静かな時間は、グラウンドへ響いた笛の音によって終わりを告げた。
「集合!」
監督の声に、選手たちが次々とグラウンドへ集まってくる。陽彩と莉珠も顔を見合わせることなく、ゆっくりと歩き出した。
「今日は守備連携とケースバッティングを中心にやる」
監督は選手たちを見渡しながら続ける。
「午後は紅白戦だ。ただし、投手は球数制限あり。無理はさせん。返事!」
「「はい!」」
ウォーミングアップを終えた選手たちは、それぞれの持ち場へ散っていく。
陽彩は外野へ。莉珠は投手陣の輪へ。
互いに離れていく背中を、どちらも振り返ることはなかった。それでもグラウンドのどこかで視線が交わるたび、自然と口元が緩む。
勝負はまだない。それでもお互いが同じ場所にいる。それだけであの頃に戻れたような気がした。
◇
「それじゃ、紅白戦を行う」
監督の一声で、選手たちの表情が引き締まる。
「チーム分けは若手とベテランだ」
「若手はこっちだ」
コーチの声に二十代前半の選手たちが集まっていく。陽彩もその輪へ向かうと、すでに莉珠が腕を組んで立っていた。
「同じ組か」
「そうみたいだね」
陽彩が小さく笑う。
「負けんなよ、若手」
ベテラン組の千堂がニヤリと笑いながら声を掛ける。
「遠慮はしませんよ」
陽彩も笑って返す。
「俺らも若手に負ける気はせん」
周囲からは笑いが起こった。
「朝倉」
投手コーチが声を掛ける。
「今日は2イニングだけだ」
「はい」
「藍沢」
「はい」
「四番、任せたぞ」
「任せてください」
陽彩は隣に立つ莉珠をちらりと見た。
「莉珠くんが抑えて、僕が返す」
その言葉に莉珠は小さく頷く。
「ああ」
短い返事。それだけで十分だった。
若手チームの円陣が組まれる。
「よし、先輩たちには負けないぞ!」
「「おーっ!」」
掛け声と共に、二人は並んでグラウンドへ飛び出した。
スタンドに観客はいない。それでもグラウンドには、本番さながらの緊張感が漂っていた。相手は日本代表を支え続けてきたベテラン達。国内で実績を積み重ねた選手もいれば、メジャーリーグで長く戦ってきた選手もいる。
経験も実績も、一枚も二枚も上だ。
「プレイ!」
審判の声が響いた。
若手とベテラン。プロとメジャー。日本を代表する選手たちが、今、ひとつのグラウンドで火花を散らす。
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