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理想の相手

「そういや、お前らって彼女いるの?」 不意に飛んできた一言に、食堂が少しだけ静かになった。 話を振ったのはベテランの真島だった。 「俺にも聞かせろ」 千堂までもが話へ入ってくる。 「お、恋バナか?」 「たまにはいいだろ。野球の話ばっかじゃ飽きる」 「まずは若手からな」 真島はニヤリと笑い、箸の先で陽彩を指した。 「藍沢、お前からな」 その瞬間だった。味噌汁を口に運ぼうとしていた莉珠の手が、ほんの一瞬だけ止まる。誰も気付かないほどの小さな変化。 陽彩だけが、それを見逃さなかった。 「え、僕ですか?」 「お前ムカつくくらい女の子のファン多いだろ! 球場でも出待ちされてるって聞いたぞ!」 一斉に視線が集まる。 陽彩は困ったように笑い、頭を搔いた。 「応援してもらえるのは嬉しいですけど、そういうのじゃないですよ」 「じゃあ、今は彼女いないのか?」 「いないです」 即答すると、ベテランたちから「もったいねぇ!」と笑い声が上がった。話題はどんどん陽彩へと投げ込まれていく。 「好きなタイプは?年上?年下?」 「女優とかモデルに言い寄られたりしないのか?」 「ファンと付き合うとか、憧れたりしねえの?」 次々と飛んでくる質問に、陽彩は苦笑するしかなかった。 「そんな経験ないですよ」 「またまた」 「本当ですって」 「じゃあ、好きなタイプは?」 その一言が食堂に落ちた瞬間だった。 隣で食事を続けていた莉珠の箸がぴたりと止まる。視線は皿へ向けたまま。けれど、耳だけは確かに陽彩の返事を待っていた。誰も気付かない。 陽彩だけがその小さな変化に気づく。 (さっきからなんなんだ……?) 一瞬だけ莉珠を見つめ、それから困ったように笑った。 「タイプとかあんま考えたことないです」 そう言うと、ベテランたちは一段と声を上げる。 「はぁ? お前嘘だろ……好きな芸能人とかは?」 「あんまり。野球しか見てこなかったので」 陽彩が苦笑すると、食堂はどっと笑いに包まれた。 「じゃあ次!朝倉!」 真島が箸を莉珠へ向ける。 「理想の女性は?」 莉珠は箸を止め、小さく首を傾げた。 「……理想?」 「おいおい、そこからかよ!」 食堂に笑い声が広がる。 「女の人じゃないとだめなの、理想って」 「「は!?」」 食堂が一瞬、静まり返る。 莉珠の言葉に、ここにいる全員が目を丸くした。 「お前、なにを基準に恋愛考えてんだ」 莉珠は不思議そうに首を傾げたまま、小さく眉を寄せる。 「理想と恋愛は違う」 「はぁ? じゃあ、お前は理想の女性がいるってことか?」 莉珠は少し考え込み、静かに首を横へ振った。 「理想はいる」 「おっ! ファンか? 誰? 女優か?」 真島が身を乗り出すと、他のベテランたちも一斉に食いつく。 莉珠は少しだけ考えるように視線を落とし、静かに口を開いた。 「いや、普通に陽彩」 一瞬の沈黙のあと、食堂は大きな笑い声に包まれた。 「あーはいはい! 知ってる知ってる!」 「ラブラブなのは分かったから!」 「理想ってそういう意味じゃねんだわ!」 「こいつに聞いた俺が悪かった!ごめんみんな!許してくれ!」 ベテランたちは腹を抱えて笑う。莉珠は「なにがおかしい」とでも言いたげに、小さく首を傾げるだけだった。そんな中。ひとりだけ。 「え……? 僕?」 陽彩だけが目を丸くしたまま、莉珠を見つめていた。

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