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僕もだけどね
夜風が窓を揺らす。
消灯時間を過ぎた選手寮は静まり返っていた。
ベッドへ横になっても、陽彩は中々眠れなかった。
(……普通に陽彩、か)
夕食の席で、莉珠が迷いなく口にした名前。周りは笑っていた。陽彩自身も笑っていた。けれど。
(なんでこんなに引っかかってんだ……?)
ため息をつき、ベッドから起き上がる。
少し風に当たりたくなり、部屋を出た。
廊下を歩き、自動販売機の前まで来た時だった。
「あ」
思わず声が漏れる。缶コーヒーを取り出していた男が、ゆっくりと振り返った。
「莉珠くん」
「寝れないのか」
「うんちょっとね。莉珠くんも?」
「まあ」
相変わらずの短い会話だった。
莉珠は持っていた缶コーヒーを陽彩へ差し出す。
「飲むか」
「いいの?」
「ああ」
陽彩は受け取ると、小さく笑った。
「ありがとう」
二人は並んで自販機の横へ腰を下ろす。
夜風だけが、静かに二人の間を吹き抜けていた。
「ねぇ」
陽彩が缶コーヒーを両手で包みながら口を開く。
「夕飯の時のことなんだけど」
「ん」
「なんで僕なの?」
莉珠は一瞬だけ陽彩へ視線を向ける。
「理想って言ってた」
「ああ」
あまりにもあっさりとした返事だった。
「いや、『ああ』じゃなくてさ」
陽彩は苦笑する。
「みんな笑ってたけど、僕びっくりしちゃった」
莉珠は少しだけ考えるように黙り込んだ。
夜風が静かに吹き抜けた後、小さく口を開く。
「お前以外、思いつかなかった」
「え?」
莉珠は少しだけ視線を逸らす。
「なんとなく、お前」
「なんとなくって」
陽彩は思わず吹き出す。
「そんな理由ある?」
「わからん」
莉珠は本当に分からないという顔で首を傾げた。
「気付いたら、お前だった」
きっとこの言葉に深い意味はない。莉珠は思ったことを口にしただけ。それなのに、胸の奥が少しだけ騒がしくなったのを感じた。
「そっか」
返した声は、自分でも驚く程に小さかった。
「そろそろ戻る」
莉珠は飲み終えた缶をゴミ箱へ放り込む。
「だね」
二人は並んで寮へ戻り始める。
「陽彩」
「ん?」
「明日も早い」
「そうだね」
思わず笑みが零れる。聞かなくてもわかる。「明日も早いからちゃんと寝ろよ」そういう意味だった。
「おやすみ」
「おやすみ」
部屋は違う階だった。廊下の途中で別れ、それぞれの部屋へ戻っていく。
何気ない一日。何気ない会話。それなのにその夜だけは、莉珠の言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。
――気付いたら、お前だった。
ベッドへ仰向けになり、天井をぼんやりと見つめる。思わず口元が緩んだ。
「僕もだけどね」
高校の時から。気付けば、追いかける先にはいつも莉珠がいた。
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