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デッドボール

「さあ、本日も満員の松陽スタジアム!」 実況の声と共に、球場は大歓声に包まれる。 ホームチームの選手がひとりずつ紹介され、スタンドから大きな拍手が送られた。 「四番、センター。――藍沢陽彩!」 そのアナウンスが響いた瞬間、歓声が一段と大きくなる。 「陽彩ー!」 「今日もホームラン頼むぞー!」 応援タオルが一斉に揺れ、スマートフォンを掲げるファンの姿も目立つ。 陽彩は軽く右手を上げると、いつもの笑顔でグラウンドへ飛び出した。 「今日も人気だな」 チームメイトが苦笑する。 「ありがたいことに」 陽彩も笑って返す。その表情とは裏腹に、胸の奥では別のことを考えていた。 (七回無失点、十二奪三振……) 昨夜、テレビで見た莉珠の投球。 世界を相手に、圧倒的なピッチングを続ける姿が頭から離れない。 「負けてられないな」 その視線の先には青く広がる空。 今日もまた自分の戦う場所で勝つために、陽彩はセンターの守備位置へ駆け出した。 ◇ 試合は序盤から緊迫した展開が続いていた。 陽彩はセンターへの大きな飛球を軽々とさばき、四回には先制のタイムリーヒットを放つ。 「ナイスバッティング!」 ベンチから歓声が上がる。 「さすが四番!」 陽彩は一塁ベース上で小さく拳を握った。しかし、相手も簡単には引き下がらない。1点を返され、試合は1対1の同点。 迎えた七回裏。ツーアウト、一塁。 球場の視線が一斉に打席へ集まる。 「四番、センター。――藍沢陽彩」 スタンドから大きな歓声が沸き起こる。 (ここだ) ゆっくりと深呼吸をし、バットを構えた。 ――初級。外角へのストレート。見送りボール。 ――二球目。変化球を捉えるがファール。カウントはワンボール、ワンストライク。 ――三球目。投手が振りかぶる。白球が指先を離れた瞬間だった。 「あっ……!」 捕手の声が漏れる。 ボールは大きく内角へ抜け、そのまま陽彩の身体へと直撃した。 ――ドンッ。鈍い音が球場に響いた。 「っ……!」 陽彩は思わず顔をしかめ、その場に片膝をつく。 球場が一瞬で静まり返る。 「藍沢!」 ベンチからチームメイトが身を乗り出す。 マウンドの投手も帽子を取ると、血相を変えて駆け寄った。 「す、すみません!」 陽彩は痛みに耐えるように歯を食いしばりながら、打たれた箇所を押さえる。 トレーナーが慌ててグラウンドへ飛び出した。 「大丈夫か!」 数秒。誰も声を出せない時間が流れる。 陽彩はゆっくりと息を吐き、小さく首を振った。 「……大丈夫、です」 それでもすぐには立ち上がれない。 スタンドからは心配そうなざわめきが広がる。 「藍沢……」 「無理するな」 その声を受けながら陽彩はトレーナーに腕を支えられ、ゆっくりと立ち上がった。 (ここで終われない) 陽彩はもう一度深く息を吸い、静かに一塁ベースへ向かって歩き出す。 スタンドからは大きな拍手が沸き起こった。 「プレイ!」 試合は再開された。 陽彩はそのまま出塁し、懸命に次の塁を狙う。 しかし、一歩踏み出す度に打たれた箇所へ鈍い痛みが走る。 「っ……」 歯を食いしばり、最後まで表情は崩さない。 それでもいつものように身体は動かなかった。 八回の守備。センターへ上がった平凡なフライ。 普段なら難なく追いつける打球だった。 それでも一歩目がわずかに遅れる。 「藍沢!」 チームメイトの声が飛ぶ。 なんとか捕球したものの、着地と同時に顔が歪んだ。ベンチで見守っていた監督が立ち上がる。 「……交代だ」 「監督!まだ出来ます!」 陽彩はすぐに首を振る。 だが監督は静かに歩み寄り、その肩へ手を置いた。 「お前はできると言うだろう」 その一言に、陽彩は言葉を失う。 「だからこそ、俺が止める」 トレーナーも頷く。 「無理をすれば悪化します」 陽彩は悔しそうに拳を握りしめた。 「……すみません」 ゆっくりと帽子を取り、スタンドへ一礼する。 大きな拍手が球場を包んだ。陽彩はその拍手を受けながら、静かにベンチへ戻っていった。

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