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投げられない
『昨日の試合で死球を受け途中交代した藍沢陽彩選手ですが、球団から診断結果が発表されました』
テレビからアナウンサーの落ち着いた声が流れる。
『検査の結果、右前腕の骨挫傷と筋挫傷。骨折は免れたものの、復帰まで約一ヶ月の見込みです』
画面には途中交代する陽彩の姿が映し出される。
打たれた腕を押えながら、それでも最後までグラウンドを見つめていた。球場を包んだ拍手。悔しそうに俯いた横顔。
その映像は何度も繰り返し放送されていた。
テレビの映像を見つめたまま、莉珠は動かなかった。
「……一ヶ月」
誰にも聞こえないほど小さな声。
その短い言葉だけで、部屋の空気が張り詰める。
何度も繰り返し放送される映像に、リモコンを握っている手は力が入る。
「朝倉?」
チームメイトが声を掛ける。
「もうミーティング始まるぞ」
「ああ」
返事はした。それでも足はすぐ動かなかった。
「……くそっ」
無意識にこぼれた言葉。
自分でも驚くほどに感情が乱れていた。
握り締めた拳が小さく震える。
野球選手にとって、腕の怪我は致命的だ。骨折は免れた。それでも一度傷付いた腕がこれまでと同じように振れる保証なんでどこにもない。打席へ立つたび、痛みを思い出すかもしれない。思い切りバットを振れなくなるかもしれない。
「っ……」
奥歯を強く噛み締める。
「朝倉!」
チームメイトの声に、莉珠はハッと我に返った。
「ミーティング始まってるぞ」
「ああ」
短く返事をすると、乱れた呼吸をひとつ整える。
もう一度だけ、消えたテレビ画面へ視線を向けた。
「もう一回、打て」
誰にも届かない小さな呟きを残し、踵を返す。
ミーティングルームの扉を開けると、そこにはいつも通りの空気が流れていた。
監督が前に立ち、選手たちは席へついている。
莉珠も何事もなかったように空いている席へ腰を下ろした。けれど監督の話は耳に入ってこない。
頭に浮かぶのは、打席で顔を歪めた陽彩の姿だけだった。
◇
それから数週間。莉珠は結果こそ残していた。
「ボール!」
球場に響くコール。
首を傾げるのは捕手だけではない。
「……珍しいな」
ベンチでもざわめきが広がる。
内角いっぱいへ投げ切れていたストレートが、わずかに甘く入る。勝負どころで決め球を投げ切れない。それはこれまでの莉珠にはなかったことだった。
「最近、朝倉らしくない」
そんな声が少しずつ増えていく。
本人だけは気付かない。いや気付かないふりをしていた。
(くそっ)
投げた瞬間。指先を離れたボールを見る度、脳裏に浮かぶ。
陽彩へぶつかった、あの日の白球。
「タイム!」
捕手がマウンドへ駆け寄る。
「朝倉、どうしたんだ」
「……いや」
莉珠は首を振る。
「なんでもない」
そう答えながらも、もう一度内角を要求されたサインへ頷くことはできなかった。
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