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エースの異変
復帰まであと二週間。
自宅でリハビリを終えた陽彩は、ソファへ腰を下ろし何気なくテレビの電源を入れた。
『続いてはメジャーリーグです。朝倉莉珠投手が本日先発登板しました』
その名前に、自然と視線がテレビへ向く。
画面にはマウンドへ立つ、莉珠の姿。
しかし、いつもとは様子が違っていた。
『五回途中四失点。今季ワーストとなる内容で、二試合連続の黒星です』
陽彩は思わず眉をひそめる。
「……え?」
映像が流れる。高めへ浮くストレート。ボール先行の苦しい投球。そして、打者へ痛烈なタイムリーを浴びる姿。
実況が続ける。
『これまで抜群の制球力を誇っていた朝倉投手ですが、ここ数試合は本来の投球が影を潜めています。特に内角へのストレートが極端に減っており、解説者の間で「何かあったのでは」と心配する声が上がっています』
陽彩の表情から笑みが消える。
「……っ」
テレビの向こうで、帽子を深く被りベンチへ戻る莉珠。その背中は、代表合宿で見た誰よりも強いエースの姿とはどこか違って見えた。
誰よりも自分の投球に自信を持ち、一切の迷いなく腕を振っていた男が今はどこか何かを恐れているように見えた。テレビを消してもその姿だけは頭から離れない。
陽彩はスマートフォンを手に取る。
画面には今週のメジャーリーグの日程。莉珠が先発予定となっている試合が表示されていた。
その文字を見つめたまま、小さく息を吐く。
「会いに行くか」
その一言に迷いはなかった。
◇
翌日。
リハビリを終えた陽彩は、その足で監督室へ向かった。コンコンと扉を叩く。
「失礼します」
「藍沢か。どうした」
監督が顔を上げる。
陽彩は一度だけ息を整え、真っ直ぐ前を見た。
「リハビリの合間に、数日だけ休みを頂けませんか」
「どこか行くのか」
「まぁ、はい」
少しだけ間を置いて、陽彩は小さく笑う。
「ライバルの試合を見に」
監督は一瞬、目を丸くしたあと小さく笑みを浮かべた。
「朝倉か」
「はい」
「……あいつのことが気になるか」
陽彩は静かに頷く。
「あんな投球投げてるのがムカつくだけです」
監督は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「……確かにな。まあ行ってこい」
「ありがとうございます」
深く頭を下げると、陽彩は監督室を後にした。
胸の中にあるのは不安と焦り。
そして、もう一度マウンドで胸を張る姿をこの目で見たかった。
帰宅すると、陽彩は迷うことなくキャリーケースを引っ張り出した。必要最低限の荷物だけを詰め込み、机の上に置いた航空券を見つめる。
「会ったら文句言ってやる!」
小さく笑うと、ファスナーを勢いよく閉めた。
目的地はアメリカ。ライバルに喝を入れるための、小さな旅が始まる。
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