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違和感
長いフライトを終え、陽彩はゆっくりと機内を降りた。
到着ロビーへ足を踏み入れた瞬間、日本とは違う空気が肌を撫でる。
飛び交う英語。行き交う人々。見慣れない街並み。
「……遠いな」
思わず苦笑がこぼれた。
キャリーケースを引きながら空港を出ると、タクシーへ乗り込む。窓の外には高層ビルが立ち並び、街を埋め尽くす車の列。テレビで何度も見た光景が、今は目の前に広がっていた。
「朝倉の試合、見に来たんだ」
運転手が流暢な英語で話しかけてくる。
聞き取れた名前に、陽彩は少しだけ笑って頷いた。
「yeah.」
その一言だけ返すと、運転手は親指を立てた。
「He’s amazing!」
その言葉に、陽彩は窓の外へ視線を移す。
「……知ってる」
小さく呟いたその声には、どこか誇らしさが滲んでいた。
やがてタクシーは巨大なスタジアムの前でゆっくりと止まる。
人。人。人。試合開始まではまだ時間があるというのに、球場周辺はすでに大勢のファンで賑わっていた。
見上げた大型ビジョンには、今日の先発投手が映し出されている。
――背番号18。朝倉莉珠。
陽彩はチケットを握り締め、小さく息を吸った。
「さて」
口元に笑みを浮かべる。
「文句言いに行ってやるか」
そう呟くと、大歓声が響くスタジアムの中へ一歩足を踏み入れた。
球場の熱気は、日本とは比べ物にならなかった。
スタンドを埋め尽くす観客。あちこちから飛び交う英語。
陽彩は指定された席へ腰を下ろすと、ゆっくりとグラウンドへ視線を向けた。
試合開始まで、あと十分。
選手たちはそれぞれウォーミングアップを始めている。
外野ではキャッチボール。内野ではノック。
そしてその奥。ブルペンではひとりの投手が静かに肩を作っていた。
「……いた」
自然と声が漏れる。
背番号18。見慣れたフォーム。
何度もバッターボックスから見つめてきたその背中が、今は異国のマウンドへ向かう準備をしている。
一球。また一球。ミットへ収まる乾いた音が、スタンドまで届いてくる。
陽彩は目を細めた。
(やっぱり)
ボールは走っている。球威もある。フォームだって崩れていない。それでも――。
「あれじゃ、莉珠くんじゃない」
誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
ブルペンで投げるその姿からは、代表合宿で見た迷いのないエースの面影がどこか薄れて見えた。
陽彩は静かに拳を握り締める。
(……何があったんだ)
やがて、場内に英語のアナウンスが響き渡る。
スタンドを埋め尽くす観客が一斉に立ち上がり、割れんばかりの歓声が球場を包み込んだ。
ベンチから姿を現した莉珠は、歓声を浴びながらゆっくりとマウンドへ向かう。
背番号18。その背中は誰よりも堂々としていて、誰よりもエースらしかった。はずだった。
(違う)
陽彩だけは、その違和感を見逃さなかった。
「プレイボール!」
主審の声が響き、試合が始まる。
陽彩は静かに息を吐くと、一瞬足りとも目を逸らさずライバルの背中を見つめ続けた。
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