16 / 19

違和感

長いフライトを終え、陽彩はゆっくりと機内を降りた。 到着ロビーへ足を踏み入れた瞬間、日本とは違う空気が肌を撫でる。 飛び交う英語。行き交う人々。見慣れない街並み。 「……遠いな」 思わず苦笑がこぼれた。 キャリーケースを引きながら空港を出ると、タクシーへ乗り込む。窓の外には高層ビルが立ち並び、街を埋め尽くす車の列。テレビで何度も見た光景が、今は目の前に広がっていた。 「朝倉の試合、見に来たんだ」 運転手が流暢な英語で話しかけてくる。 聞き取れた名前に、陽彩は少しだけ笑って頷いた。 「yeah.」 その一言だけ返すと、運転手は親指を立てた。 「He’s amazing!」 その言葉に、陽彩は窓の外へ視線を移す。 「……知ってる」 小さく呟いたその声には、どこか誇らしさが滲んでいた。 やがてタクシーは巨大なスタジアムの前でゆっくりと止まる。 人。人。人。試合開始まではまだ時間があるというのに、球場周辺はすでに大勢のファンで賑わっていた。 見上げた大型ビジョンには、今日の先発投手が映し出されている。 ――背番号18。朝倉莉珠。 陽彩はチケットを握り締め、小さく息を吸った。 「さて」 口元に笑みを浮かべる。 「文句言いに行ってやるか」 そう呟くと、大歓声が響くスタジアムの中へ一歩足を踏み入れた。 球場の熱気は、日本とは比べ物にならなかった。 スタンドを埋め尽くす観客。あちこちから飛び交う英語。 陽彩は指定された席へ腰を下ろすと、ゆっくりとグラウンドへ視線を向けた。 試合開始まで、あと十分。 選手たちはそれぞれウォーミングアップを始めている。 外野ではキャッチボール。内野ではノック。 そしてその奥。ブルペンではひとりの投手が静かに肩を作っていた。 「……いた」 自然と声が漏れる。 背番号18。見慣れたフォーム。 何度もバッターボックスから見つめてきたその背中が、今は異国のマウンドへ向かう準備をしている。 一球。また一球。ミットへ収まる乾いた音が、スタンドまで届いてくる。 陽彩は目を細めた。 (やっぱり) ボールは走っている。球威もある。フォームだって崩れていない。それでも――。 「あれじゃ、莉珠くんじゃない」 誰にも聞こえないほど小さく呟いた。 ブルペンで投げるその姿からは、代表合宿で見た迷いのないエースの面影がどこか薄れて見えた。 陽彩は静かに拳を握り締める。 (……何があったんだ) やがて、場内に英語のアナウンスが響き渡る。 スタンドを埋め尽くす観客が一斉に立ち上がり、割れんばかりの歓声が球場を包み込んだ。 ベンチから姿を現した莉珠は、歓声を浴びながらゆっくりとマウンドへ向かう。 背番号18。その背中は誰よりも堂々としていて、誰よりもエースらしかった。はずだった。 (違う) 陽彩だけは、その違和感を見逃さなかった。 「プレイボール!」 主審の声が響き、試合が始まる。 陽彩は静かに息を吐くと、一瞬足りとも目を逸らさずライバルの背中を見つめ続けた。

ともだちにシェアしよう!