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陽彩の夢
「ストライク!バッターアウト!」
最後の空振り三振。乾いたミットの音と同時に、球場は割れんばかりの歓声に包まれた。
莉珠は静かに拳を握る。
試合途中までの苦しさが嘘のように、その後は相手打線を寄せ付けなかった。
「ナイスピッチ!」
チームメイトが次々と駆け寄り、莉珠の肩を叩く。
歓声はまだ鳴り止まない。
そんな中、スタンドでは帽子を深く被った陽彩が静かに立ち上がった。
「よし!」
満足そうに笑う。
「今度こそ文句言いに行くか」
そう呟くと、陽彩は人混みをかき分けながら球場の出口ではなく選手関係者用の通路へ向かって歩き出した。
「あのー……すみませぇん……」
入口で警備スタッフに声を掛ける。
「関係者以外立ち入り禁止です」
当然の返答だった。
陽彩は苦笑しながら帽子を少しだけ持ち上げる。
「朝倉莉珠に会いたいんです」
「申し訳ありませんが、お約束が――」
「伝えてもらえませんか」
陽彩は真っ直ぐスタッフを見つめた。
「藍沢陽彩が来たって」
その名前を聞いた瞬間、スタッフの表情が変わる。
「……藍沢、陽彩?」
「はい」
一瞬の沈黙。
「少々、お待ちください」
スタッフは慌てて奥へ駆けていった。
陽彩は壁にもたれ、小さく息を吐く。
「……さて」
数分後。通路の奥から足音が近付いてくる。
コツコツと静かな廊下へ響くスパイクの音。
やがて姿を現したのは試合を終えたばかりの莉珠だった。ユニフォーム姿のまま、汗もまだ乾いていない。
莉珠は足を止める。そして陽彩を見つめたまま目を丸くした。
「莉珠くん! 来たよ!」
「……」
莉珠は無言のまま、ギブスをつけられた右手へと視線を向ける。
それを見た陽彩は「ああ」と納得したように頷いた。苦笑しながらギブスを軽く持ち上げる。
「もしかして、僕が怪我したから心配で投げれなかった?」
莉珠の瞳がわずかに揺れた。
その反応だけで陽彩には十分だった。
「大丈夫。この怪我が治ったら莉珠くんのストレート、ちゃんと打ってあげる」
その言葉に、莉珠は少し口元を緩めた。
「そうか」
「そうか、じゃないよ!」
陽彩はぷくっと頬を膨らませる。
「あんなヘンテコな球なんか投げて!!! 情けないよ!!! 全くもう!!!!!」
「……」
「こんなとこで負けてたら、僕とメジャーで戦えないじゃん」
その言葉に、莉珠は目を見開いた。
「え」
思わず零れた声に、陽彩は不思議そうに首を傾げる。
「え? 僕、絶対メジャー行くよ?」
その言葉に、迷いなんて一切なかった。
「そうか。その前に早く怪我治せよ」
「もちろん!」
陽彩は満面の笑みで頷いた。しばらく穏やかな沈黙が流れる。
陽彩は何かを思い出したように「あっ」と声を漏らした。
「……そういえば」
どこか言いづらそうに頭を搔く。
「僕、ホテル取ったのはいいけど」
「……?」
「道分かんないから案内して♡」
「……は?」
莉珠は呆れたように眉をひそめたあと、小さく息を吐く。
その表情は、久しぶりにどこか柔らかかった。
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