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第四話 過去との邂逅②

 平日の仕事を何とか乗り越え、土曜の朝を迎えた。朝のルーティンを熟してから、百貨店にプレゼントと夕食の惣菜を買いに出掛ける。デパートの最寄り駅を降りてショーウィンドウを眺めて歩く。街はどこもクリスマスの飾りや音楽に包まれていた。  と、通り掛かった店の一つに目が留まった。高音質のヘッドフォンを売っている店だった。牟礼はいつもイヤホンで音楽を聴いているようだったし、今よりいい音質で音楽を聴けたらもっと楽しめるのではないだろうか。  マフラーや手袋をプレゼントするよりも喜ぶ姿が思い浮かんで、俺は店に入っていった。  試聴を勧められたが、音楽のことはよく分からないから、店員さんにバンド音楽を中心に聴く場合によりいいものはないかを尋ねて、勧められた物をそのまま購入した。  その後百貨店の雑貨屋で小さなクリスマスツリーと玄関に飾るリースを購入し、デパ地下の惣菜コーナーに向かう。  サラダとオードブル、ローストチキンを購入した。クリスマスイブということもあり、テレビで紹介された店だったこともあって、混んでいて思ったよりも列に並ぶことになった。  喫茶店に入って軽く昼食を取ってから、電車に乗って自宅に戻る。  帰りの電車の中で、フライドチキンやターキーの方が良かったか? 二人で食べるにしては買い過ぎか? など一人反省会をするが、結局足りないよりマシという開き直りに着地する。  余ったら翌日も食べたらいいわけだし、と何故か翌日も牟礼と余ったオードブルを食べる想像をしてしまって、打ち消すのに時間を要した。  帰宅してクリスマスツリーをテーブルの上に、リースは壁の玄関の内側に磁石で紐を引っ掛けて飾った。チキン、オードブルやサラダは皿に盛り付け直して、ラップをし冷蔵庫に入れる。部屋の掃除をして、一息吐いた頃、あと一時間くらいで待ち合わせの時間となった。  スマホを手に取りメッセージアプリで牟礼に連絡する。「早く着きそうだったら連絡してくれ」。  すぐに返事が来て、「すみません、もう着きそうです。時間まで待っているので大丈夫です」という文面に急いで家を出た。急ぎ足で駅に向かいながら、牟礼も今日を楽しみにしていて、気持ちが逸ってしまったとかだったらいいなと思う。  約束した改札口の前に視線を向けると、少し明るい茶のふわふわとした髪の青年が目に飛び込んできた。  キャメルのフード付きのダッフルコートに黒のパンツを着た牟礼が、辺りをきょろきょろ見回しながら立っている。そして俺と目が合うと、少し安堵したように表情を柔らかくして俺に小さくお辞儀をした。  ――いや、可愛過ぎないか今日の牟礼⁉  恐らくクリスマスの何らかの魔力的なものが影響していると思われるが、しかし割と最初の頃から牟礼のことは可愛いと思っていた気もする。今の俺がそういう恋愛に関わる感情に素直になっているだけかもしれない。 「悪い、待ったか?」  妙にドキドキしながら駆け寄り声を掛けると、牟礼は首を横に振って、 「いえ、今着いたところでした。僕こそ、急がせてしまってすみません……」  と俯いてしまう。俺がぽんと牟礼の肩に手を乗せると、牟礼が驚いたように俺を見上げる。 「いやちょうどいい時間だったよ。それに、牟礼に少しでも早く会えて、俺は嬉しいから」  少し気障だったかと思うが、沈む太陽の赤よりもはっきりと、牟礼の顔が赤く染まっていくのを見て鼓動が高鳴る。 「俺の家こっちだから、行こうか」 「……はい」  隣を歩く牟礼の髪からシャンプーのいい匂いが漂ってくるような気さえしてくる。これ、意識せずに一日を終えるなんてのは、修行僧並みの胆力がある人間だけだと思うのだが。 「あ、予約したケーキを取りに寄ってもいいか?」  思わず忘れるところだったが、店の前を通り掛かって足を止める。店内はちょうど取りに来た客が多く、混雑しているようだった。 「はい、僕は外で待ってます」  順番に受付をして、このタイミングで待っている客の中で俺が最後だった。十分くらい待たせてしまった気がして、病み上がりだし心配になって店を出ようとした時、店の前で牟礼が男と対峙しているのが見えた。  不穏な空気を感じて店を出ると、牟礼は顔を強張らせて男の顔を見詰めていた。 「……橋本、君……」  ――橋本? 久々に再会した友達、にしては牟礼の様子が可笑しい。 「なんだお前、ホモダチできたのか?」  橋本と呼ばれた男は牟礼と俺を交互に見て、にやにやと侮蔑を隠しもしない笑みを浮かべる。 「っていうか、こいつ千真に雰囲気似てんじゃねー? キッモ!」  千真――? その名前を聞くと、牟礼は身体を縮こませ呼吸が荒くなり、小さく震え始めた。  牟礼が人を遠ざけようとしていたのは、同性愛者だと噂をばら撒かれて前の会社を辞めなければならなくなったことだけが原因ではないのではないか。この目の前にいる橋本という男と、「千真」が、牟礼にトラウマを植え付けたのでは?  この一瞬の間にそれを察するほど、見たこともないくらい牟礼の様子が異常だった。 「君、彼とどういう関係なんだ?」 「はぁ? 関係なんかねーよ。中学の同級生ってだけ」  思わず苛立ちが膨れ上がって、爆発しそうなのを抑えるために深く溜息を吐く。  中学の同級生? 牟礼に何かしたんだろう? ただ今みたいに汚い言葉で傷付けただけじゃない。牟礼の様子を見れば訊かなくても判る。 「関係ないんなら、目障りだから何処か行ってくれないか」 「オッサンこそ喋ってんの俺なんだけど? 勝手に入ってくんなよ」  二十一歳からだと二十七はまあオッサンか、と思いつつ怒らせたいのだろう意図を感じる。 「いや割って入らせてもらう。君にとって牟礼はたかが数百人の同級生のうちの一人だろうけど、俺にとっては今まで出会ってきた全ての人間の中で唯一恋に落ちた人なんだよ。そんな大切な人が、君みたいな人間に傷付けられるのは看過できない」  俺は一歩前に出て、牟礼を俺の影に隠した。牟礼の視界にこの男を入れたくなかった。 「何言っちゃってんの? ガチでキモいんだけど!」  そんなに強い人間ではないのだろう。自分よりも頭一つ分くらい大きい俺が一歩歩み出ただけで、右足が半歩後ろに下がって逃げの態勢を取る。そんな男が、自分よりも弱いと見た牟礼を執拗に追い詰めているのが許せなかった。 「君はさ、何でそんなキモい奴にわざわざ関わるんだ? 俺ならまず近付かないけどな」  眉間に皺が寄ってしまうので、怒りを収めようとしてもう一度溜息を吐き、相手を真っ直ぐに見据えた。金髪の根元が黒くなっていて、ダウンジャケットにスウェットという格好の男は、目が合うとすぐに目を逸らした。俺がキツイ顔といわれる種類の顔に生まれてよかった。こういう時、負けることはない。 「橋本君、だっけ? 君……牟礼のこと好きだろ」  何でそう思ったのか。半分当てずっぽうだが、前に高野が「好きな人に意地悪したくなることある」と言っていたことや「中学の同級生ってだけ」と言いながら、俺と言い争うかもしれない面倒な事にもコストを割いて、逃げの態勢を取りながら立ち去らない事実。牟礼に対して特別な感情でもないと腑に落ちないのだ。 「は、はぁ……? 意味わか――」 「残念だが、君の出番が来ることは一生ない。俺は君よりも質が悪いからな」  俺は牟礼を振り返った。少し前よりも落ち着いた様子で俺を見上げている。目に掛かった前髪をそっと指で掬うと、大きな茶の瞳の虹彩に星が瞬いていた。  この瞳に捉えられた日から、俺の心は牟礼に囚われて離れない。そして、今のこの瞬間まで自分にこんな感情があることに気付かなかった。  ――この瞳がこの先「愛おしい」という感情を湛えるのは瞳を永遠に閉じるその瞬間まで、俺だけであって欲しい。 「一生牟礼の側に居させて欲しい。好きだ」  こんな醜い執着心があることは、どうか牟礼には知られないで一生を過ごしたいものだ。 「『一生』なんて重かったか? けど、噓偽りない気持ちだから、許してくれると嬉しいが」  牟礼は一つ瞳を瞬かせると、俺の目を真っ直ぐに見詰め、小さく頷いた。  振り返ると、まだ橋本は呆然としたまま突っ立っていた。 「さっきも言ったが、目障りだから消えてくれ。牟礼と俺の視界から、一生」  牟礼の背中を軽く押して、橋本の横を通り過ぎ家へと歩き出す。背後から何か言葉を投げつけられたような気がするが、車や工事等の騒音の一部としか認識しなかったので、意味を持つことはなかった。 「ここの六階だ」  会話もないままマンションに辿り着き、ようやく声を掛ける。鍵でオートロックを解除してエレベーターで六階に着く。エレベーターを降りて三番目の部屋に鍵を開けた。 「どうぞ。入って」  ドアを開けるが牟礼が躊躇しているので、先に入って中から再び招き入れる。と、ようやく部屋に入り、同時にドアが閉まった。 「どうした?」  牟礼は玄関に立ったまま家に上がろうとしない。何かを考えているのか、両手を握ったまま俯いている。 「……話さないと、いけないと思って……」  黙っていたのは先程のことを俺に説明しなければと思いあぐねていたからだろう。 「さっきのことなら、俺は牟礼が話したくないなら聞かなくていいと思ってる。全く気にならないかといえば嘘になるが、そのうち気にならなくなると思う」  牟礼の様子は尋常じゃなかった。正しくトラウマと言って過言ではないだろう。それを掘り返して直視するのは、どうしても苦痛を伴う。 「いえ……違うんです。岸さんに聞いて欲しいんです。……僕のことを、好きだって言ってくれたから」  牟礼の顔は強張っていたが、目は俺を真っ直ぐに見据えていた。 「分かった。とりあえず上がってくれ。そこじゃ寒いだろ」  雰囲気を和らげようと微笑み掛けると、牟礼は小さく「お邪魔します」と言って靴を脱ぎ、俺の後に付いて家に上がった。 「コート、脱ぐだろ? 掛けておくから」  リビングに通しそう言うと、牟礼は慌ててコートを脱いで俺に渡した。コートの下はゆったりとしたグレーのニットを着ていて、若干萌え袖っぽくなっているのが可愛い。  ソファに座るように促すと、端の方に落ち着かない様子でちょこんと座った。冷蔵庫にケーキを入れて、烏龍茶を取り出し、コップに注いでリビングテーブルの上に二つ置く。 「喉渇いてたら飲んで。温かいのがよかったら用意するよ」 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」  俺が少し間を空けて座り、コップを手に取って先に口を付けると、牟礼も倣うように少しだけ烏龍茶を口に含んだ。そうして、テーブルにコップを置くと一つ深呼吸をすると、重々しい扉を開くようにゆっくりと口を開いた。

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