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第4話 自覚してしまった気持ち
レオが、自分の奥底にあった気持ちをはっきりと認めたのは。
佐野萌香の告白騒動があった、あの夜だった。
「……おれ、ケントのこと好きなんだ」
誰もいない、静まり返った部屋。
震える唇から小さくこぼれ落ちた呟きは、思った以上に、とてつもなく重かった。
ずっとモヤモヤしていた感情に、名前をつけた。
認めてしまえば、少しは胸が軽くなると思っていた。
でも、違った。
むしろ、鉛を飲んだように苦しくなった。
好き。
その気持ち自体は、疑いようもなく確かだった。
ケントと一緒にいると、心の底から安心する。
目が合うだけで嬉しい。
学校にいても、早く家に帰って会いたいと思う。
もっと笑ってほしい。
——他の誰でもない、自分だけを見てほしい。
でも。
「なんで……」
相手は、同性だった。
それ自体が悪いことだとは思わない。
今の時代、同性同士の恋愛も、結婚だって認められるようになってきている。頭では分かっている。
でも。
世間の偏見が、完全にゼロになったわけじゃない。
なにより、自分自身が一番驚いていた。
自分だって、いつか当たり前に女の子を好きになって、当たり前に恋をするものだと、漠然と思っていたからだ。
レオは、ベッドに座ったまま、きつく膝を抱え込んだ。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
今まで、告白されたことは何度かあった。
男子からも、女子からも。
でも、全部「ごめんなさい」と断ってきた。
勉強や家のことで精一杯で恋愛に興味がなかったし、そもそも、誰かを特別に「好きになる」という感覚が分からなかったからだ。
なのに。
十六年間の人生で、初めて心が動いた相手が。
よりによって、同居している同性の、ケントだった。
「……変だよ、おれ」
小さく呟く。
誰に言うでもなく、自分自身を嘲笑うように。
その夜は、ほとんど眠れなかった。
自分の本当の気持ちに、はっきりと気付いてしまったから。
目を閉じても眠れない。
暗い天井を、ただぼんやりと見つめる。
寝返りを打って、サイドテーブルの時計を見る。
午前一時。
最悪だった。
本当に、最悪だった。
「……好き」
誰にも聞こえない、掠れた声。
口に出して呟いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなる。
本当は、認めたくなんかなかった。
認めないまま、ただ蓋をしてしまえば。
「ちょっと憧れているだけ」「同居人として情が湧いただけ」で済んだかもしれない。
変に意識することなく、ただの仲の良い友達でいられたかもしれない。
でも。
もう、無理だった。
ケントと他愛のない話をしていると楽しい。
不意に目が合うと、胸が跳ねて嬉しい。
あの少し低くて甘い声で「レオ」と名前を呼ばれると、泣きたくなるほど愛おしい。
レオは、逃げるように布団を頭まで深く被った。
苦しい。
暗闇の中で、ふと、さっきのケントの言葉がフラッシュバックする。
『好きな人、いるから』
ケントの好きな人。
自分じゃない。
誰か他の、きっと明るくて、可愛くて、彼にふさわしい素敵な女の子。
「……諦めなきゃ」
布団の中で、小さく呟く。
胸はこんなに痛いのに、その言葉だけは、不思議なくらいすんなりと口から出てきた。
諦めよう。
好きだなんて、絶対に言わない。
態度にも出さない。
伝えない。
絶対に気付かれないように。
少しでも悟られないように。
それが、一番だ。
あの優しいケントを、自分の勝手な感情で困らせたくない。
気持ち悪いと思われたくない。
嫌われたくない。
せっかく築き上げてきた、この心地よい関係を壊したくない。
だから。
この気持ちは。
おれ自身の心の奥底に、ずっと隠す。
鍵をかけて、二度と開けない。
絶対に。
そう、固く決意した。
翌朝。
洗面所の鏡を見ると、レオの目の下には少しだけ青い隈ができていた。
冷たい水で顔を洗い、いつも通りの「完璧な水澄レオ」の仮面を被る。
キッチンへ行き、朝食の準備を始める。
そこへ、寝癖をつけたケントがあくびをしながら降りてきた。
「……おはよう、レオ」
「おはよ、ケント」
これでいい。
いつも通りの、何気ない挨拶。
付かず離れずの、この距離感でいい。
このまま、一番近くにいる「特別な友達」でいられるなら。
それでいい。
そうやって、必死に自分の心に嘘をついて、平気なふりをして微笑む。
この時の水澄レオは、全く知らなかった。
自分が必死に隠そうとしている、そのいじらしい恋心に。
櫻井ケントの方は、とっくの昔から、同じかそれ以上に振り回され、熱を上げ、激しい独占欲に悶え苦しんでいることを。
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