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第17話 自覚した独占欲
吐く息が、少しだけ白くなり始めた頃。
ケントの誕生日が、目前に迫っていた。
レオは悩んでいた。
ものすごく。
頭を抱えるほどに。
「どうしよう……」
自室のベッドに寝転がり、腕を組んで低く唸る。
中間テストに修学旅行の準備。忙しさにかまけてちょっと後回しにしてしまっていた。
ケントへの誕生日プレゼント。
付き合って初めて迎える、特別な日。
絶対に、適当にはしたくない。
喜ぶ顔が見たい。
でも、何がいいのか全く分からない。
服は、たぶんケントなりのこだわりがある。
財布も、この前リサが新しいものを買ってきたばかりだ。
文房具は、そもそも彼にはあまり必要ない。
考えて。
考えて。
ぐるぐると考えて。
ある日の放課後。
参考書を買うために、駅前を歩いていた時。
ふと、小さなアクセサリーショップの前で足が止まった。
ショーケース。
柔らかな間接照明に照らされた、銀色の輝き。
レオの視線は、一つの小さな飾りに釘付けになった。
シルバーのピアス。
装飾のない、ごくシンプルなデザイン。
ケントの少し日焼けした肌や、明るい髪色に絶対に似合う。
耳元で小さく光るのを想像して、胸が鳴った。
レオは、冷たいガラスケースをじっと見つめる。
ピアス。
いいかもしれない。
いや、すごくいい。
身につけてもらえるかも、毎日。
……そこで。
レオは、ふと気付いてしまった。
自分自身の、無意識の思考に。
毎日つけてほしい。
自分が選んだものを。
いつも、肌身離さず身につけていてほしい。
それを見て、自分のことを思い出してほしい。
……おれ、重くない?
レオの顔から、スッと表情が消えた。
真顔になった。
重い。
たぶん。
かなり、重い。
「おれって、こんなだったっけ……」
ショーケースの前で、小さく呟く。
ため息が白く濁って消えた。
付き合う前は、知らなかった。
自分の中に、こんなにもドロドロとした独占欲みたいなものがあるなんて。
ケントの全てを、自分の痕跡で埋め尽くしたくなるような。
そんなわがままで、重たい感情。
自己嫌悪。
でも、それ以上に。
結局。
何度も迷って、何周も店の前をうろうろした末に。
レオは、少しだけ震える手で、そのピアスを買った。
誕生日当日の夜。
家のリビングには、ケントの好物が所狭しと並んでいた。
ハンバーグ。ポテトサラダ。コーンポタージュ。
レオとリサが、夕方から腕を振るって用意した料理。
そして、ショウが仕事帰りに買ってきた、大きなチョコレートケーキ。
「ケント、誕生日おめでとう!」
リサが満面の笑みでグラスを掲げる。
「おめでと。あっという間に大きくなって……」
ショウも笑いながら言う。
「小さい頃から知ってるみたいなコメント」
ケントはツッコミながらも、本当に嬉しそうに笑っていた。
みんなで食事。
ケーキに立てられたロウソクの火を吹き消す。
賑やかで、温かい時間。
家族として過ごす、かけがえのない幸福な時間だった。
そして、夜が更けて。
いつもより少し遅い時間。
レオが、ケントの部屋を訪ねる。
コンコン。
小さくノックした。
「入っていい?」
「もちろん。開いてる」
ガチャリとドアを開け、中へ入る。
そして、静かにドアを閉めた。
二人きりの空間。
急に、心臓の音がうるさくなる。
「これ」
レオは、背中に隠していた小さな箱を、そっと差し出した。
ダークブルーの、上品なラッピング。
「……おれから。誕生日プレゼント」
「マジ?」
ケントの顔が、パッと明るくなる。
琥珀色の瞳が輝いた。
「開けていい?」
「うん」
丁寧な手つきで、包装紙を開ける。
小さな箱の蓋を開ける。
そして。
ケントは、数秒間、完全に固まった。
「え」
「……どう、かな」
「……めっちゃ嬉しい」
即答だった。
箱の中。
黒いベルベットのクッションに沈む、シンプルなシルバーピアス。
ケントの好みに、ドンピシャだった。
「……似合うと思って」
レオが、少し照れくさそうに言う。
ケントは、箱を大切そうに見つめたまま、ふっと柔らかく笑った。
「明日から付ける」
「え、そんなすぐ?」
「毎日付ける。風呂の時以外、ずっと」
その言葉に。
レオの耳が、カッと熱くなった。
「なんか」
ケントが、ぽつりと続ける。
「これ付けてたら……レオとずっと一緒にいられるみたいで、嬉しい」
レオの動きが、完全に止まった。
それ。
それだ。
まさに。
あの店の前で、自分が考えていたこと。
顔が熱い。
心臓が破裂しそうだ。
「……実は」
レオが、俯いたまま小さく言う。
指先をぎゅっと握りしめる。
「おれも、それ考えて、選んだ」
「え?」
「毎日身につけてほしいな、とか」
「うん」
「おれのこと、思い出してほしいな、とか」
「……」
「そういう、独占欲みたいな……」
言葉がどんどん小さくなる。
情けない。
嫌われたらどうしよう。
「……なんか、おれ、重たいよね」
沈黙。
静かな部屋。
時計の針の音だけが聞こえる。
ケント。
数秒間、停止。
まばたきを数回。
そして。
世界中のすべての光を集めたような、満面の笑み。
「最高じゃん」
「……え」
「めちゃくちゃ嬉しい。マジで」
「そうなの……?」
「もっと重くていい」
被せ気味の即答。
「重い方が嬉しい。むしろもっと縛ってほしい」
「それは、どうなんだろう……」
レオが少しだけ呆れたように言うと、ケントは声を上げて笑った。
「むしろ、おれなんか」
ケントは少しだけ真面目な顔を作って、顎に手を当てた。
「頭の中の、化学とか日本史の部分も、全部レオにしたい」
「それは受験勉強用にちゃんと取っておいて」
即ツッコミ。
ケントが再び笑う。
「レオ、真面目だな」
「当たり前でしょ」
二人で、クスクスと笑い合った。
窓の外は冷たい冬の夜。
でも、この部屋の中だけは、溶けそうなほど甘くて温かかった。
翌朝。
澄んだ冷たい空気の中、登校。
ケントの左耳には。
銀色に光る、新しい小さなピアス。
教室に入るなり、すぐに友達が気付く。
「お、ケント、新しいピアス?」
「そう」
「いいね、似合うじゃん」
「だろ」
機嫌がいい。
異常なくらい、機嫌がいい。
いつもなら「まあな」くらいで流すのに、今日はニコニコしている。
サッカー部の友人が、少し引くレベルで。
「なんかいいことあった? 宝くじでも当たった?」
「別に」
別に、と言いながら。
めちゃくちゃ嬉しそうに、口角が上がりっぱなしだった。
授業中。
退屈な現代文の時間。
ケントは、窓ガラスに映る自分をぼんやりと見る。
耳元のピアス。
レオが選んでくれた。
レオが、自分のことを想って買ってくれた。
その事実だけで。
何度も口元が緩んでしまう。
頬が緩むのを必死に手で隠す。
離れた教室の、特進科。
今ごろレオは、真面目な顔をして黒板を見つめているだろう。
ノートを綺麗に取っているだろう。
そっと、耳に触れる。
小さな金属の、冷たくて硬い感触。
ずっと一緒にいたい。
大好きな恋人も、全く同じことを考えていた。
それが嬉しくて。
たまらなく愛おしくて。
ケントは一日中。
ずっと、浮かれるような上機嫌のまま、冬の学校生活を過ごした。
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