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第19話 修学旅行1

 十月。  涼しい秋風が窓を揺らす季節。  修学旅行まで、あと一か月。  朝のホームルーム。  チャイムが鳴り終わり、担任が教壇に立つ。 「おーし、静かにしろ。今日は予告通り、修学旅行の班決めやるぞー」  その一言で、静まり返っていた教室が一気にざわついた。  特に女子たちの熱量がすごい。  なんだか朝から、教室全体にそわそわとした落ち着きがない空気が漂っているとは思っていたのだ。  レオは、隣の席を見る。  カズが、机の上で腕を組み、眉間にシワを寄せて真剣な顔をしていた。 「ふ、……ついに来たな」 「なにが」 「運命の日」  いちいち大袈裟だ。  前の席のハルも、振り返って呆れたようにため息をつく。 「たかが修学旅行の班決めだぞ」 「だからだろ!」  カズは、バンッと両手で机を叩いた。 「いいか!? これは高校生活における最大イベントなんだよ! ここで誰と同じ班になるかで、青春の質が変わる!」 「一番のイベントは大学受験」 「それはあまりにもシビアな現実だから、今は考えない! オレは今、夢を見たい!」  見事なまでの現実逃避だった。  ヒートアップするカズをよそに、担任がチョークを片手に黒板を叩いて説明を始める。 「いいか、まずは男子三人組、女子三人組を作れ。そのあと、班長同士が前に出て、男女の組み合わせをくじ引きで決めるからな」  その瞬間、女子たちの間で「きゃあ」とも「えーっ」ともつかない、熱を帯びたざわめきが広がった。  レオは、なぜ彼女たちがそんなに色めき立っているのか、その理由に全く気付いていない。  しかし、ハルは気付いている。  カズも気付いている。  原因はもちろんレオ。  中性的な整った顔立ち、少しミステリアスな雰囲気。  そして最近は、穏やかな笑顔を見せることが増えた。  そんな超優良物件と同じ班になれるかもしれない。女子たちが色めき立たないはずがないのだ。  ただし、本人が一番、その事実に無自覚だった。 「じゃあ、さっさと三人組作れー」  担任の合図が出た。 「はい、決まり」  カズ。 「決まりだね」  ハル。 「うん」  レオ。  たった三秒だった。  周囲を見渡すと、女子たちは「誰が誰と組んで、どの男子を狙うか」で白熱した会議を繰り広げている。男子も男子で、「あわよくばあの女子のグループと……」と牽制し合いながら、あちこちで移動している。  そのカオスな教室の中で、彼ら三人だけが、席も立たずに微動だにしていなかった。 「お前ら、早すぎだろ」  近くを通りかかった男子に笑われた。 「だってな」  カズが肩をすくめて言う。 「今さら他の選択肢、ある?」  なかった。  高校に入学して一年半、なんだかんだとずっと一緒にいる三人だ。  昼休みも、移動教室も、だいたいこの三人。今さら、修学旅行だからといってメンバーを変える理由がどこにもなかった。  やがて、全員のグループが無事に決まる。  そして。  いよいよ運命の、男女組み合わせくじ引きの時間がやってきた。  女子側は、じゃんけんで勝った代表者が前へ。  男子側も、各グループの代表が前へ出る。  当然。 「オレが行く。オレの黄金の右手に懸けろ」  鼻息荒く立ち上がったのは、カズだった。 「なんでそんなに気合い入ってるの」  レオが不思議そうに聞く。 「可愛い子と同じ班になりたいからに決まってんだろッ!」  清々しいほど正直だった。  ハルが深いため息をつく。  担任が、手作りのくじ箱を教卓にドンと置いた。  その時。 「あー、そうだ。言うの忘れてた」  担任が、思い出したようにポンと手を叩いて言う。  ひどく、嫌な予感がした。 「このクラス、男子の方が多いからな」  ざわついていた教室が、一瞬で水を打ったように静かになる。 「だから、一班だけ、男女混合じゃなくて『男子六人班』になるぞ。くじにハズレって書いといたから」  沈黙。  数秒後。  男子たちから、悲鳴にも似た怒号が上がった。 「えええええええええええ!?」 「嘘だろ先生!」「俺たちの青春はどうなるんだよ!」と大騒ぎだ。  対して女子たちは、「あーあ」と言いながらも、少しだけ面白そうに笑っている。  男子にとっては、高校生活の根幹を揺るがす大問題らしい。  前線に立っていたカズは、くじを引く前から教卓に突っ伏していた。 「……終わった」  まだ始まってもいないのに。  無情にも、くじ引きが開始される。  次々に番号が読み上げられ、班が決まっていく。 「やったー!」という歓声や、「マジかー」というため息が、教室のあちこちで飛び交う。  そして。 「はい、次。廣野の班」  担任が、カズが引いたくじの紙を見る。 「男子六人班な。もう一つの男子三人組と合流しろ」  静寂。  カズ。 「……」  ハル。 「おめでとう」  レオ。 「よかったね」 「よくねえよ!! 慰めろ!!」  カズがバンッと教卓を叩き、教室中がドッと沸いて笑いに包まれた。 「オレは! 長崎の夜景を可愛い子と一緒に見て、キャーキャー言いたかったの!」 「六人もいれば賑やかでいいじゃん」 「男だけで!」 「そうだな」  ハルが冷静に頷く。 「むさ苦しいことこの上ないな」 「ハルまで! なんでお前らそんなにダメージないんだよ!」  なぜなら、レオは正直どちらでもよかったからだ。ハルも同じだろう。  合流することになったもう一つの男子三人組も、普段からよく話す、意外と仲の良い連中だった。  だから、バカ騒ぎしながらの男六人旅も、普通に楽しそうだと思っている。  一方、女子たちは女子たちで、なんとも複雑そうな表情をしていた。  レオと同じ班になれなかった残念そうな顔。  でも、「特定の誰かに抜け駆けされなくて、逆にほっとした」という安堵の顔。  いろいろな感情が混ざり合っていた。  放課後。 「最悪だー……オレの青春の修学旅行が……」  カズは、まだブツブツと引きずっていた。 「大丈夫だって。一か月後には、誰よりも楽しんでるよ、カズは」  レオが笑いながら言うと、カズは少しだけ立ち止まり、恨めしそうにレオを見た。 「……そうかな」 「絶対そう」 「……まあ、レオがそう言うなら、そうか」  驚くほど単純だった。  その日の夜。  夕飯を食べ終えた後。  レオは、軽い足取りでケントの部屋の前に立ち、ドアをノックした。 「入るね」 「おー」  ガチャリとドアを開けると、ベッドに寝転がってサッカー雑誌を読んでいたケントが、体を起こした。 「修学旅行の班、今日決まったよ」 「オレも。そっちはどうだった?」  レオは、今日一番の面白かった出来事を思い出し、少し笑いながら報告する。 「男子六人班になった」  ケントが、吹き出した。 「マジで?」 「うん。くじ引きでハズレ引いて」 「廣野、発狂してそうだな」 「してた。この世の終わりみたいな顔してた」 「やっぱ持ってんなー」  二人で声を上げて笑う。 「ケントのクラスはどうだったの?」  聞くと、ケントのクラスはもっと極端で酷かった。 「うちのクラス、そもそも女子が少なすぎるからさ」 「うん」 「くじ引きすらなくて。女子だけで一班作って、それで終わり」 「えっ」 「だから、残りは全部、男だけの班」  レオが、お腹を抱えて笑う。 「同じじゃん」 「メンバー、むちゃくちゃむさ苦しいぞ。ずっとプロレスの話してるし」  即答だった。  それから、ベッドの端に並んで座り、しばらく修学旅行のしおりを見ながら話をする。  行き先は、長崎。  平和学習。  班ごとの自由行動。  グラバー園や、オランダ坂。  カステラやちゃんぽんといった美味しい食べ物。  家族へのお土産。    そして。  しおりのページをめくっていたケントが、ふと手を止めた。 「……二日目の、自由行動」  ケントが、レオの顔を見ずに言った。 「どっかで、会えないかな」  レオも、しおりの行程表を見つめながら考える。  でも。  それはかなり難しい。  基本的には班行動だ。  それに、二人が付き合っていることは、学校では誰にも言っていない秘密の関係。  勝手に自分の班を抜け出して、別行動を取るわけにもいかない。  いつ誰に見られるかわからない。 「……タイミングが合えば、ね」  レオが、少しだけ期待を込めて言う。 「だな。長崎市内、そんなに広くないし」  ケントも、小さく頷く。 「見つけたら、手振るくらいはできる?」 「うん。それくらいなら、絶対」 「じゃあ、楽しみにしとくわ」  会える保証なんて、どこにもない。  でも。  同じ長崎という土地にいて、同じ空の下で修学旅行を楽しんでいる。  もしかしたら、曲がり角でばったり会うかもしれない。  目が合って、こっそり手を振り合うかもしれない。  それだけで。  少しだけ。  本当に少しだけ、ただの学校行事だった修学旅行が、特別なものになった気がした。  修学旅行まで。  あと一か月。  高校生活最後の、大きな行事が。  彼らの足音とともに、少しずつ近付いていた。

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