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第21話 修学旅行3

 修学旅行二日目。  待ちに待った班ごとの自由行動の日。  朝から、カズのテンションは最高潮だった。 「よーし! 今日は一日、遊び倒すぞー!!」 「お前、昨日も十分遊んでただろ」  身支度を整えながら、ハルが呆れたように突っ込む。 「それはそう」  見事な即答だった。  班の六人で、賑やかに旅館を出発する。  事前に時間をかけて決めていたコースは、これ以上ないほど超王道のルートだった。  大浦天主堂。  グラバー園。  お昼は本場のちゃんぽん。  そして、お土産巡り。  観光雑誌のモデルコースをそのままなぞったような、完璧な計画だ。  まずは、大浦天主堂へ。  石畳の坂道を上り、歴史を感じさせる重厚な扉をくぐった瞬間。  外の喧騒が嘘のように、静かで厳かな空気に包まれた。  自然と、全員の話し声が小さくなる。  レオは、ゆっくりと堂内を見回した。  高くアーチを描く天井。  年月の重みを感じさせる木造の柱。  荘厳な祭壇。  そして。  壁面を飾る、美しいステンドグラス。  外から差し込む秋の柔らかな光が、ステンドグラスを通して柔らかく床を彩っている。  赤。  青。  緑。  透き通るような光の粒が、静かな空間に降り注ぐ。  まるで、外国の古い絵本の中に迷い込んだみたいだった。 「……きれい」  思わず、レオの口から感嘆の溜息が漏れる。  隣に立っていたハルも、静かに頷いた。 「わかる」 「こういう静かな雰囲気、いいよな」 「オレも好き」  二人とも自然と足が止まり、しばらくその光の芸術を眺めていた。  すると、すぐ近くを歩いていた観光客らしいおばさまたちのグループが、ひそひそと声を潜めて話し始めた。 「ねえ、見て」 「あそこの学生さんたち、すっごく綺麗な子たちねえ……」 「本当、絵になるわあ」 「映画のワンシーンみたい」  そんな感嘆の声が聞こえてきた。  ステンドグラスの光に見惚れているレオは、自分のことを言われているとは全く気付いていない。  ハルはバッチリ聞こえていた。  が、完全に聞こえないふりをした。面倒だからだ。    教会を出て、次は隣接するグラバー園へ。  石畳の坂道を上り、洋館を巡る。  高台から見下ろす長崎の海と街並みは、最高の景色だった。 「写真撮ろうぜ!」とカズがはしゃぎ、何枚も写真を撮った。  なぜかカズは毎回変なポーズばかり決めており、後で見返したらアルバムの半分くらいがカズのネタ写真になっていた。  カズはハートの石を見つけるたびに、御利益!と言って撫で回していた。  ハルはそんなカズをひどく冷たい目で見ていた。  昼。  中華街へ移動し、本場のちゃんぽんを食べる。 「うまっ……!! なにこれ、スープ濃っ!」  一口食べたカズが、目を輝かせて感動する。 「熱っ」 「バカ、ふーふーしろよ」 「知ってるし!」  わいわいと文句を言い合いながら、熱々のちゃんぽんをかき込む。  食後はお土産屋を冷やかし、家族や部活への土産を買い込む。  気付けば、太陽は少し西へ傾きかけていた。  午後。帰り道でのこと。  その時。  道の向こうから、やたらと圧の強い大きな集団が歩いてくるのが見えた。  とにかく、体格が良い。  背が高い。  しかも人数が多い。  歩幅も広く、肩で風を切るように歩いている。  レオは、すぐにある人物に気付いた。  ケントだ。  その周りには、プロレスの話をしていたという彼と同じ班のメンバーたち。  柔道部。  野球部。  ラグビー部。  その他、ガタイのいいスポーツマンがいろいろ。  とにかく、全体的にシルエットが大きい。 (……むさ苦しいって、本当だったかも)  先月、ケントが部屋でこぼしていた愚痴を思い出し、レオは思わず吹き出しそうになった。  その瞬間。  向こうを歩いていたケントも、レオの姿に気付いた。 「あ」  遠くからでも分かるくらい、ケントの表情がパッと明るくなる。  目が合う。  そして。 「レオ!」  大きな声で名前を呼ばれ、ケントが思い切り手を振ってきた。  レオも慌てて、周囲に怪しまれない程度に、少し控えめに手を振り返した。  周りから見れば、ただの「他クラスの知り合い同士の挨拶」。  それだけ。  たった、それだけのはずなのに。  心臓が、トクンッと大きく跳ねた。  昨日は、夜の部屋でメッセージをしただけ。顔は合わせられなかった。  だから。  不意打ちで顔を見られただけで、どうしようもなく嬉しい。  本当は、もっと近くに駆け寄って、直接話したい。  どこに行ってきたの? ちゃんぽん食べた? と聞きたい。  でも。  ここは修学旅行中で、お互いに班行動の最中だ。  我慢。  すれ違うのは、ほんの数秒。  それだけ。  なのに。  その一瞬で、レオの心は十分すぎるほど満たされていた。  ケントたちが見えなくなると、同じ班の男子が不思議そうに聞いてきた。 「水澄、櫻井と仲良いんだな」 「ちょっと意外かも。タイプ全然違うし」  レオは、内心少し焦りながらも、落ち着いて頷く。 「まあ……」  少し考えて、一番自然な言い訳を口にする。 「一緒に住んでるし」 「えっ、そうなん!?」  ケントと同居していること自体は、一部のクラスメイトにはある程度広まっていると思っていたが、彼らは知らなかったらしい。 「櫻井くんのお姉さんと、おれの兄が婚約してて」 「うん」 「それで、家が一緒になって。今、同じ家から通ってるんだ」 「あー!」  よし、噛まずに冷静に話せた。  全員が深く納得したように頷く。 「そういうことか。家族みたいなもんか」  そして、話題はすぐに別の方向へ逸れていく。 「そういや、櫻井の姉ちゃん、学校に来た時見たことあるわ」 「あ、オレも! 超美人だよな!」 「マジで芸能人かと思った。櫻井もイケメンだし、遺伝子どうなってんだよ」  勝手に盛り上がってくれている。  助かった。  バレてない。  大丈夫。  そう自分に言い聞かせて、レオはほっと胸を撫で下ろした。  夕方。  集合場所の手前で、一人別行動をして「彼女と会っていた」班員と無事に合流した。  彼は、どう見ても分かりやすく顔がにやけていた。 「おー、おかえり」 「ずいぶん楽しそうだったなー」 「夜、詳しく話聞かせろよ!」 「やめろって、恥ずかしいから!」  みんなで冷やかし、笑い合う。  レオも一緒になって笑った。  でも。  その時、胸の奥で少しだけ思う。 (……いいな)  もし。  自分たちも、あんな風に堂々と「付き合っている」と言えたなら。  今日。  あのグラバー園の坂道を、ケントと一緒に歩けただろうか。  同じ長崎の海を見て。  同じ場所で、隣に並んで写真を撮って。  同じ熱々のちゃんぽんを、笑いながら食べて。  そんな未来も、あったのかもしれない。  そう思うと、ほんの少しだけ、胸がチクリと痛んだ。  後悔に似た感情。  でも。  いつか。  もう少し大人になって、二人で自由にどこへでも行けるようになったら。  今日自分が見たこの美しい景色を。  ケントと二人で、もう一度辿ろう。  そう、心の中で静かに決めた。  そして。  修学旅行の時間は、嘘のようにあっという間に過ぎ去っていった。  三日目。  クラス単位での行動。  バスガイドさんの話を聞きながらの名所巡り。  足りないお土産の追加購入。  クラス全員での集合写真。  そして、帰りの飛行機。  気付けばあっという間に帰宅していた。  家。  見慣れたリビング。 「ただいま。これ、お土産」  レオが、長崎で買った大きなお土産の箱をテーブルに出す。  ほぼ同時。 「ただいま。オレも買ってきた」  ケントも、全く同じタイミングで箱を出す。  ソファに座っていたショウが、二つの箱を交互に見る。  沈黙。  そして。  大爆笑。 「なんでだよ!」  同じだった。  完全に。  メーカーも。  味も。  パッケージの大きさも。  全部同じ。長崎名物の、カステラ。 「同じ家帰るのに、打ち合わせくらいしとけ?」  ショウがお腹を抱えて大笑いする。  キッチンから出てきたリサも、二つの同じ箱を見てクスッと笑う。 「ふふっ、本当に仲良いわねえ、二人は」  レオは恥ずかしさで顔を覆った。  ケントも「マジか……」と頭を掻きながら苦笑いしている。  完全に失敗だった。  その夜。  ケントの部屋。  二人でベッドの縁に並んで座り、お互いのスマホを見せ合う。  修学旅行の写真。  大浦天主堂のステンドグラス。  海が見える景色。  美味しそうな食べ物。  変顔のカズ。  また変顔のカズ。  違う角度からの、変顔のカズ。 「……お前のアルバム、廣野しかいないじゃん」 「ほんとだ……あとで消しとこ」  二人で肩を揺らして笑う。 「ここの景色、めっちゃ良かったよ。坂キツかったけど」   「オレたちが行った中華街のちゃんぽん、すげえ美味かった」   「あ、この景色オレも覚えてる。バスから見えた」  楽しかった思い出話が尽きない。  そして。  ふと。  ケントの大きな指が。  レオの唇に、そっと触れた。  優しく。  愛おしむように、撫でる。 「……楽しかった」  ケントが、少しだけ熱を帯びた低い声で言う。 「うん」 「でも」  ケントは少しだけ自嘲気味に笑う。 「……ちょっと、寂しかったわ」  その言葉に、レオは目を見開いた。  全く同じだったからだ。  毎日、顔を合わせるのが当たり前。  同じ家にいて。  同じ食卓を囲んで。  朝起きてから夜寝るまで、顔を見ればすぐに言葉を交わせる。  それが当たり前になりすぎていて。  たった数日、同じ土地にいるのに自由に触れ合えなかっただけで。  こんなにも、心が落ち着かなくて、寂しい気持ちになるなんて。  知らなかった。 「……おれも」  レオが、ケントの服の裾を軽く握りしめて小さく答える。  ケントが、安心したように優しく微笑んだ。 「次は」 「うん」 「二人で行こうな。長崎」  今日見た、あの美しいステンドグラスの光。  今日歩いた、石畳の坂道。  今日感じた、異国情緒あふれる空気。  全部。  今度は、絶対に二人で。 「……約束」  レオが、見上げて言う。 「ああ、約束」  ケントが力強く答え、レオの肩を抱き寄せた。  高校二年生の秋。  長崎で見た景色は、友達と過ごした最高の思い出になった。  でもきっと。  いつか、この人と二人で見る景色は。  もっともっと、特別なものになる。  ケントの少し高くなった体温を感じながら、レオはそんな確信めいた未来を想っていた。

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