23 / 54
第23話 クリスマスプレゼント
もうすぐ冬休み。
吐く息が白く染まる季節。
街はすっかり浮かれていた。
駅前の広場には、見上げるほど大きなクリスマスツリー。
赤と緑のイルミネーションが、冷たい夜空を鮮やかに彩っている。
すれ違う人々の顔は、誰もが幸せそうだ。
けれど。
水澄レオの視界に、そんな美しい景色は一切入っていなかった。
「……どうしよう」
放課後。
暖房の効いた文藝部の部室。
レオは深く苦悩の声を漏らした。
「何が?」
向かいに座る友人が、呆れたように聞き返す。
「……別に」
顔を伏せたまま答える。
でも、全然「別に」じゃない。
頭の中は、一つのことで完全に占拠されていた。
クリスマスプレゼント。
付き合って初めての。
そして、人生で初めての。
大好きな恋人へ贈る、特別なクリスマスプレゼント。
何をあげればいいのか、まったくわからない。
先月、誕生日プレゼントで頭を悩ませまくったばかりなのに。
(ケントなら、おれが何をあげても喜ぶ気がする)
それは痛いほど分かっている。
彼なら、適当なボールペン一本でも満面の笑みで受け取るだろう。
でも。
だからこそ、困るのだ。
絶対に、適当に選びたくない。
ケントの心にちゃんと残るものをあげたい。
もう一週間も悩んでいた。
大きな本屋に行った。
お洒落な雑貨屋も巡った。
スポーツショップでタオルやリストバンドも見た。
でも、しっくりこない。
結局、何も決まらないまま、時間だけが過ぎていった。
その日の夜。
自室でベッドに転がり、スマホで検索を続けていると。
コンコン。
短いノックと共に、ドアが少し開いた。
「レオ?」
隙間から、ケントがひょっこりと顔を覗かせる。
「な、なにっ」
スマホを慌てて背中に隠す。
「最近、変」
ギクッとした。
肩が跳ねる。
「そう? 普通だけど」
「なんか悩んでる。オレに隠し事?」
鋭い。
勘の良すぎる恋人に、レオは慌てて目を逸らした。
「……別に。何もない」
「嘘」
即答だった。
「嘘じゃない」
「絶対、嘘」
完全に見抜かれている。
琥珀色の瞳が、レオの動揺を真っ直ぐに射抜いていた。
でも、プレゼントのことだけは絶対に言いたくない。
だって、当日驚かせたい。サプライズだから。
必死に取り繕うレオを見て。
ケントは不思議そうな顔をしながらも、それ以上は追及してこなかった。
優しい。
だからこそ、絶対に良いものをあげたいと強く思った。
そして、十二月二十四日。
クリスマスイブ。
「じゃ、明日の昼過ぎには帰るね〜」
玄関でリサが手を振る。
ショウとリサは、泊まりがけのクリスマスデートだ。
家族四人揃ってのクリスマス会は、明日の夜に予定されている。
つまり。
今夜、この広い家には二人だけ。
レオは朝から、ずっと落ち着かなかった。
クローゼットの奥に隠した小さな紙袋を、何度も何度も確認してしまう。
「レオ」
「な、なに」
「今日、やっぱり変」
「変じゃないってば」
「変。そわそわしすぎ」
ケントが楽しそうに笑う。
見透かされているようで、レオは耳まで赤くなった。
「……明日の料理の準備、少し手伝って」
「おっけ」
精一杯話題を変える。
ケントはニヤニヤと笑いながらも、大人しくエプロンを手に取ってくれた。
夕食後。
チキンとケーキを食べ終え、リビングには静かな時間が流れていた。
いよいよ、その時が来る。
心臓が、早鐘のように打ち始めた。
「……ケント」
「ん?」
「これ」
ソファに座るケントの隣。
レオは、隠し持っていた小さな袋を、両手でそっと差し出した。
ケントが目を丸くする。
「え」
「クリスマス、だから」
「……開けていい?」
「うん」
ケントの大きな手が、慎重にリボンを解く。
包装紙が開かれる。
中に入っていたのは。
上質な、落ち着いたネイビーの革のブックカバー。
それを見た瞬間、ケントは一瞬だけピタリと固まった。
「……」
「……嫌、だった?」
沈黙が怖くて。
レオの胸に不安が広がる。
「いや」
ケントは、ぶんぶんと勢いよく首を振った。
「オレ、あんまり本読まないから。ちょっと不思議に思っただけ」
レオは少しだけ視線を下げ、膝の上で両手を握りしめた。
「……おれが好きなもの。ケントにも、少し好きになってほしくて」
読書。
レオの、一番大好きな世界。
それを、大好きな人にも触れてほしかった。
そして。
「……大学とか、会社に入ってからも、ずっと使えるかなって」
ずっと先の未来。
その時も、隣にいられたら。
そんな願いを込めて選んだ。
ケントは、何も言えなくなった。
嬉しすぎて。
言葉が見つからなかった。
「……ありがとう」
絞り出された、珍しく真面目で、少し震えた声。
その深い声色に、レオは心底ホッと安心した。
「よかった」
すると。
今度はケントが、おもむろに立ち上がった。
「オレもある」
「え?」
レオが目を見開く。
ケントの手にも、小さな箱が握られていた。
「開けて」
促されるまま、恐る恐るリボンを解く。
小さな箱。
中に入っていたのは。
細工の美しい、銀色の栞だった。
雪の結晶をモチーフにした、シンプルなデザイン。
でも。
よく見ると。
箱の奥にもう一つ。
同じデザインのものが収まっている。
二つセット。
「……」
今度は、レオが固まる番だった。
「一つは、レオの」
「……うん」
「もう一つは、オレの自分用」
「……」
「お揃い」
ストレートな言葉。
レオの顔が、ボンッと音を立てるように真っ赤になった。
プレゼントが、まさか本に関わるもので被るなんて。
しかも、お揃い。
「な、なんでそういう……っ」
「嫌?」
「嫌じゃないけどっ」
即答してしまった。
図星を突かれたようで、恥ずかしい。
ケントが、たまらないというように吹き出して笑う。
レオはもっと赤くなる。
「笑わないで」
「無理」
「ケント」
「だって、可愛すぎる」
「言わないでってば……」
完全にキャパシティオーバーだった。
限界。
それでも。
レオは手元にあった読みかけの文庫本に、その銀色の栞をすぐさま挟んだ。
指先で、大事そうにそっと撫でる。
その愛おしそうな仕草を見て。
ケントは本当に、心の底から幸せそうに目を細めた。
その夜。
寝る前。
同じベッドの上。
レオは毛布に包まりながら、手元の文庫本から覗く銀色の栞を何度も何度も眺めていた。
「そんなに気に入った?」
背後から、ケントに優しく抱きすくめられる。
「……うん」
小さな声で答える。
背中に当たる広い胸。
温かい体温。
少しだけ間を置いて。
「……ありがとう」
心からの言葉を紡ぐ。
ケントはレオの髪に顔を埋め、低く笑った。
「こちらこそ」
付き合って初めてのクリスマス。
特別なことは、何もなかった。
街を彩る派手なイルミネーションも見に行っていない。
予約の取れない高級レストランで食事をしたわけでもない。
高価で豪華なブランド物のプレゼントもない。
でも。
大好きな人から貰ったお揃いの栞を、愛おしそうに見つめるレオ。
そして。
自分のあげたプレゼントを大切にする恋人を、背後から抱きしめて幸せそうにするケント。
二人にとっては。
ただ一緒に過ごせる、その温かい時間こそが。
それだけで十分なくらい、最高に幸せなクリスマスだった。
ともだちにシェアしよう!

