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第25話 初詣

 朝から家でのんびりと過ごしていた。  暖房の効いた部屋で、BGM代わりに流れるテレビのお正月特番をぼんやりと眺める。  これといった予定もない。  平和で、少しだけ退屈な元日の午前中。  そんな怠惰な空気が破られたのは、昼前になった頃だった。 「よし、そろそろ行くか」  ソファから立ち上がったショウの唐突な一言で。  四人は揃って初詣へ向かうことになった。  行き先は、ここから電車で数駅先にある、地元でも有名な大きな神社。  毎年三が日はかなりの人でごった返すと聞いてはいた。  電車を降りた瞬間から、想像以上の光景が広がっていた。  人、人、人。  駅前のロータリーから神社の参道まで。  色とりどりのダウンコートやマフラーがずらりと列をなしている。 「うわ……」    レオが、その果てしない人の波を見て思わず声を漏らした。   「すげーな、これ。入場規制かかってんじゃないの」    ケントも目を丸くして辺りを見回す。  その二人の様子を見て、ショウが面白そうに笑った。 「レオ、絶対迷子になるなよ」 「ならないよ」 「すぐ人に流されるだろ」 「ならないってば」  一秒の迷いもない即答だった。 「ケント、レオが逸れないように頼む」 「了解。首根っこ掴んどくわ」 「ちょっと、二人とも」  からかうようなやり取りに、レオが不満げに抗議する。 「子どもじゃないんだから」 「でもレオ、人混み苦手だろ」 「……」  痛いところを突かれ、反論できなかった。  確かに。  人にぶつかったり。  自分のペースで歩けなかったり。  人混みは昔から苦手だ。  図星を突かれて黙り込んだレオを見て、ショウがこれみよがしに勝ち誇った顔をする。 「無理しないこと」 「……大丈夫だから」 「はいはい」  ショウは全く信じていない顔で笑い、リサと並んで歩き出した。  巨大な鳥居をくぐり、砂利道の参道へ入る。  予想以上に混雑していた。  前にも後ろにも、右にも左にも人。  少し気を抜くと、見知らぬ誰かの肩や荷物にぶつかりそうになる。  その時。  人混みを掻き分けるように少しだけ前を歩く、ケントの黒いダウンジャケットの背中が目に入った。  少しだけ、迷う。  本当は。  はぐれないように、手を繋ぎたい。  でも、無理だ。  こんな、何千人という人がいる場所で。  すぐ前にはショウとリサも歩いている。  周りの目だってある。  手を繋いで歩く勇気なんて、今のレオにはなかった。  だから。  見つからないように、そっと。  ポケットから手を出して、ケントのダウンジャケットの裾を、指先で摘まんだ。  きゅっと。  ほんの少しだけ。  引っ張らないように、ただ触れるだけの合図。  ケントは、振り返らなかった。  でも、気付いたらしい。  歩調が少しだけゆっくりになり、レオの歩幅に合わせるように寄り添ってくれる。  そして、前を向いたまま、その広い肩が微かに揺れた。  絶対に、笑ったのだろう。  「子どもじゃないんだから」と強がった直後に、これだ。  レオは少しだけ顔を熱くして、悔し紛れにもう一度だけ、きゅっと裾を引っ張った。  果てしなく続く列に並ぶ。  冬の空気は鋭く冷たくて、吐く息は真っ白に染まる。  少し前では、退屈した子どもが親に手を引かれながら騒いでいる。  隣では、リサとショウが「屋台で何食べる?」と何やら楽しそうに盛り上がっていた。  そんな雑踏と寒さの中を、ダウンの裾を摘まんだまま少しずつ進む。  やがて、立派な本殿の屋根が見えてきた。 「あと少しだな」    ケントが振り返り、レオを見下ろして優しく言う。  レオは、寒さで少し赤くなった鼻をすりながら小さく頷いた。  賽銭箱の前まで来る。  硬貨を投げ入れ、深くお辞儀をしてから、パンパンと二回手を合わせる。  静かに目を閉じる。  願いごと。  何にしよう。  大学受験は、まだ来年の話だから少し気が早い。  健康。もちろんそれは大事だけれど。  家族のこと。友達のこと。  頭の中に、いろいろな願いが浮かんでは消えていく。  そして。  最後に一つだけ。  ごく自然に、一番強い思いが頭に浮かんだ。  これからもずっと、ケントと一緒にいられますように。  願った瞬間。  神様相手に何を惚気ているのだろうと、自分でも少しだけ恥ずかしくなった。  そっと目を開ける。  隣を見ると、ケントも目を閉じ、真剣に手を合わせていた。 (ケントは、どんなことを願ったんだろう)  聞きたいような、聞きたくないような。  少しだけ、気になった。  参拝の後は、初詣の定番であるおみくじ。 「大吉来い! 絶対大吉!」    カズがここにいたら絶対こう言って騒ぐだろうな。  そんなことを考えながら、六角形の筒を振って棒を引く。  結果は『吉』。  悪くない。むしろ、書いてある内容はどれも結構良くて、ホッとした。 「やったー! 大吉!!」    隣で、リサが紙を広げて大はしゃぎしている。   「末吉……『待ち人、来ず』って」    ショウは自分の結果を見て、心底微妙な顔をしていた。 「ケントは?」    レオが覗き込むと、ケントは『中吉』の文字を見せてくれた。   「まあまあだな。でも『失せ物、遅くとも出る』らしいから、この前無くしたイヤホン見つかるかも」    そう言って、機嫌良く笑っている。  帰り際。  冷え切った身体を温めるため、境内の端にある屋台で甘酒を買った。  紙コップから、ふわりと白い湯気が立つ。 「熱っ!」    一口飲んだリサが、慌てて舌を出している。   「焦らない焦らない」    ショウが笑いながらも、自分の持っていたハンカチを渡してやっている。  レオも、ふーふーと息を吹きかけてから、恐る恐る一口飲んだ。  ほんのりとした、米麹の優しい甘さ。  芯まで冷えた身体の奥に、じわじわと温かいものが染み込んでいく。  なんだか、とてもホッとする味だった。  神社を出て、駅へ向かう帰り道。  行きよりも人通りは少し落ち着き、歩きやすくなっていた。 「そういえば」    ふいに、隣を歩くケントが少しだけ顔を寄せて聞いた。   「ん?」 「さっき、願いごと何にした?」  レオは、一瞬ピタリと固まる。  そして、前を向いたまま即答した。 「内緒」 「なんでだよ」 「言ったら、効果なくなるらしいよ」 「それ絶対嘘だろ。誰情報だよ」 「……たぶん、本当」 「たぶんかよ」  誤魔化すようなレオの口調に、ケントがおかしそうに声を出して笑う。  レオも、少しだけ恥ずかしくてつられて笑った。  本当は。  言えないだけだった。  『これからもずっと、ケントと一緒にいたい』なんて。  いくらなんでも、本人の目の前で言えるわけがない。  恥ずかしすぎる。  だから、内緒。  少なくとも、今はまだ。  隣を歩くケントを見上げる。  冬の青空は、どこまでも澄んでいて高かった。  神様に祈った願いが叶うかどうかなんて、誰にも分からない。  見えない未来の確証なんて、どこにもない。  でも。  今だけは。  こうして、他愛もないことで笑い合いながら、隣を歩いていられる。  それだけで。  今年の始まりは、十分すぎるくらい幸せだった。

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