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第26話 昼間、リビングにて
冬休み。
吐く息が白くなるような厳しい寒さの外とは対照的に。
エアコンがしっかりと効いたリビングは、ぽかぽかと春のような暖かさに包まれていた。
ダイニングテーブルの上。
広げられた参考書とノート、そして山盛りの冬休みの課題。
レオはシャーペンを握りしめ、難解な数学の問題と真剣に格闘していた。
その向かい側では、ケントもまた黙々と自分の課題に取り組んでいる。
ショウとリサは、朝から仕事に出かけていて家にはいない。
シャーペンが紙の上を走るカリカリという音。
時折ページをめくる音。
それらが規則正しく響いていた。
特別なことをしているわけじゃない。
ただ、向かい合って黙々と課題をこなしているだけ。
ふと顔を上げた時に、真剣な眼差しでノートに向かうケントの顔が視界に入る。
目が合うと、彼がふわりと口角を上げて笑いかけてくれる。
それだけで、レオの胸の奥にはじんわりとした温かい甘さが広がった。
同じ空間で、同じ時間を共有し、一緒にいられる。
その事実が、何よりも嬉しかった。
昼時になり、二人は一旦課題を切り上げてキッチン立つ。
お昼ご飯も、二人で一緒に作る。
メニューは、冷蔵庫の残り物で手早くできるもの。
オムライスと、サラダ、そしてインスタントのコンソメスープ。
フライパンでケチャップライスを炒める香ばしい匂いが、リビングに広がっていく。
卵を薄く焼いて、器用にライスを包み込むレオの手つきを、ケントは隣で感心しながら見つめていた。
お皿に盛り付けられた、鮮やかな黄色のオムライス。
「仕上げはケント、よろしく」
ケチャップのボトルを渡され、ケントは少し考えてから。
赤いケチャップで慎重に文字を書いた。
自分のお皿のオムライスには『ケント』と。
そしてレオのお皿のオムライスには『レオ』と。
「なんか、こういうのやってみたかった」
自分の書いた文字を見下ろして、ケントは少し照れくさそうに笑った。
まるで小さな子どものお子様ランチみたいで、少し幼稚だったかもしれない。
しかしレオは目を細め、嬉しそうに自分のオムライスの写真をスマホで撮っていた。
そんな些細なやり取りすら。
子どもっぽくて。
でもどうしようもなく愛おしくて。
二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
午後。
残りの課題を少しだけ進めた後、キリの良いところで休憩することにした。
「映画でも見るか」
ケントの提案。
二人はリビングのふかふかとした広いソファに並んで腰を下ろして。
動画配信サービスで適当な海外映画を再生した。
部屋の照明は点けたまま。
窓のカーテンの隙間からは、傾きかけた冬の薄日が差し込んでいる。
肩と肩が触れ合う距離。
ケントの体温が、着ているニット越しにじんわりと伝わってくる。
映画のストーリーは、どこにでもあるような王道のラブストーリーだった。
割と序盤。
主人公の男女が良い雰囲気に。
見つめ合い、そして海外映画特有の、ひどく濃厚で情熱的なキスシーンが始まった。
ロマンチックなBGM共に。
微かな吐息と唇が重なる生々しいリップ音が流れてくる。
急に、気まずいような、そわそわとした空気が二人の間に流れた。
レオは画面のキスシーンから目を逸らすように、隣に座るケントの方をちらりと盗み見た。
すると、ケントも画面ではなく、レオのことを見つめていた。
視線が、真っ直ぐに交差する。
ケントの黒い瞳の奥に、仄暗い熱のようなものが揺らめいているのが見えた。
ケントが、いたずらっぽく、それでいてひどく色気を帯びた笑みを浮かべる。
そのまま、引き寄せられるように顔が近づき。
テレビの画面の中で交わされているキスよりも、ずっと深く、激しい口付けが落とされた。
「んっ……ぁ、ふ……っ」
驚いてわずかに開いたレオの唇の隙間を縫って、ケントの熱い舌が滑り込んでくる。
映画のBGMを掻き消すほど。
いやらしくて生々しい水音がリビングに響き渡った。
何度も、何度も唇を離しては、角度を変えて貪るように口付ける。
「は、ぁ……んっ、けんと……っ」
息継ぎの隙間すら与えられないほどの激しいキスの応酬。
レオの頭の中はあっという間に真っ白に染まっていく。
絡み合う舌先から、甘い痺れが全身へと広がっていく。
互いの口から溢れ出た銀色の唾液が、レオの白い顎を伝い落ちる。
レオの柔らかな唇が、濡れたように艶やかに光っていた。
不意に。
ケントの大きな手が、レオのセーターの裾から内側へと潜り込んできた。
直接肌に触れる掌は、火傷しそうなほどに熱い。
「っ、……ここで、するの?」
息を弾ませながら、レオは潤んだ瞳でケントを見上げた。
ここは、リビングだ。
家族の共有スペース。
「……今すぐしたい。だめ?」
低く掠れた声で耳元に囁かれ、甘く噛み付かれる。
その声に含まれた圧倒的な熱量に、レオは首を横に振ることなどできなかった。
最近は、ケントとこういう肌を重ねる行為にも少しずつ慣れてきた。
快感を受け入れることも。
自分の情けない声を聞かれることにも。
でも、それはいつも、夜の暗闇の中。
お互いの部屋のベッドの上が、お決まりの場所だった。
こんなにも明るい時間から。
しかも、リビングのソファでなんて。
でも、そうか。
恋人同士なんだから、別にいつ、どこでしてもいいんだ。
そう思うと、なんだかひどく背徳的で。
胸の奥が甘く疼いた。
いつもの暗闇とは違う。
太陽の光とリビングの照明に照らされたケントの顔。
はっきりと鮮明に見える。
勝気なまゆ毛も、形の良い鼻筋も、熱を帯びた瞳も。
それに見られている自分自身も。
恥ずかしい。でも、嬉しい。
レオは小さく頷き、体の力を抜いて、ケントが与えてくれる行為のすべてを受け入れた。
ケントの体重がのしかかり、レオはふかふかのソファへと押し倒された。
セーターをまくり上げられ、そのまま脱がされそうになる。
「っ、待って……服、恥ずかしいから、着たままがいい……」
明るい部屋で、一糸まとわぬ姿を晒すのはどうしても抵抗があった。
レオが顔を真っ赤にして小さな声で訴える。
ケントは「分かった」と短く了承し、優しく微笑んだ。
そして、セーターの裾を胸の上までたくし上げるだけに留めて。
下半身のズボンと下着だけを、太ももの途中までゆっくりと引き下げた。
あらわになったレオの白く細い足。
ケントはゼリーのチューブを取り出し、指先にたっぷりと透明な液体を絡ませた。
「力、抜いて……」
優しく囁きながら、まだ硬く閉じられているレオの蕾へ。
冷たいゼリーをまとった熱い指先が触れる。
「ひゃ、っ……あ、んっ……」
びくっと身体を震わせるレオ。
一本、また一本と。
ゆっくりと指が侵入し、内側の粘膜を円を描くようにほぐしていく。
ゼリーの滑りといやらしい音が、リビングの静寂に響く。
明るい部屋。
服を着たままで、下半身だけがさらけ出されているという羞恥心。
声を出すまいと、レオは必死に自分のセーターの袖口をきゅっと噛み締めた。
ウールのチクチクとした感触の奥から。
どうしても我慢しきれない甘い吐息が、くぐもった声となって漏れ出てしまう。
「んんっ……ふ、ぁ……っ、あ……」
袖を噛み、涙目で潤んだ瞳をして耐えるレオの姿。
あまりの愛らしさと扇情的な姿。
ケントの背筋をゾクゾクとした黒い興奮が駆け巡った。
十分にほぐれ、とろとろに開花した蕾。
ケントは素早くゴムを装着すると、レオの膝を大きく持ち上げる。
己の最も熱く硬いものを、ゆっくりと、けれど確かな質量を持って奥深くへと沈めていった。
「あ、っ……ぁあ……っ! 」
異物感と、それを上回る圧倒的な快感。
奥の奥まで一番太い部分が到達すると、二人は同時に深いため息のような吐息を吐き出した。
ケントがゆっくりと腰を動かし始める。
そのたびに、二人が乗った大きなソファが、ギシ、ギシと重たげな音を立てて揺れた。
「レオ……すごい、いい……」
服をほとんど着た状態。
セーター越しに抱きしめ合い、キスを交わす。
互いの肌が直接触れ合っているのは、結合している下半身だけ。
それが逆に、ケントの嗜虐心とフェティシズムを激しく刺激した。
着衣のまま。この倒錯的な状況が、たまらなく好きかもしれない。
「あ、っ、あっ……! んんっ、は、ぁっ!」
ケントのストロークが徐々に激しさを増すにつれ。
レオの口から漏れる喘ぎ声は。
ますます甘く、可愛く、そして切なく変わっていく。
噛み締めていた袖はすでに離されていた。
ピンク色に染まった唇から、直接その声がリビングに響き渡っていた。
もっと鳴いてほしい。
もっと、オレのことで頭をいっぱいにさせて、狂ってほしい。
ケントは、何度も行為を重ねるうちに知り尽くしてきた、レオの中の弱い場所へ。
一番熱く反応する場所を、重点的に、執拗に突き上げた。
「そこ、あっ、だめぇ……っ! けんと、あっ、ああっ!」
「レオ、……もっと気持ちよくなって」
「きもち、い……っ! すごい、あっ、あぁっ!」
とにかく、この圧倒的な快楽だけを享受してほしい。
ケントは激しく腰を打ち付けながら。
レオの顔を両手で包み込み、何度も深いキスを落とした。
テレビからは相変わらず映画の音声が流れている。
でももう二人には何も聞こえていない。
あるのは、肌がぶつかる水音と、ソファの軋み、そして甘く熱い喘ぎ声だけ。
「いく、っ、おれ、も……だめ、あぁっ!」
レオの身体が弓なりに反る。
ケントが、レオの熱く硬くなった先端を、ぐりっと強めに弄った。
その瞬間。
「あぁ……っ! けんとっ、あ、ん……ああっ!」
一際大きな、切なくも美しい絶叫を上げて。
レオはケントの大きな掌の中へと、真っ白な欲望を弾けさせた。
ソファを汚さないようにしっかりと受け止めるケント。
同時に、ケント自身も限界を迎た。
レオの最も深い場所で、熱いものを勢いよく放った。
映画のBGMだけが、やけにクリアに聞こえる。
荒い息遣いが、二人の間で交差していた。
ケントは、傍らにあったティッシュで手についたものを手早く拭う。
そしてすっかり力尽きて沈み込んでいるレオの上に、そっと重なった。
「……気持ちよかった」
「……ん、っ……」
「レオ、好き」
汗ばんだ額に、こめかみに、チュッ、チュッと優しいキスが降らされる。
レオは気怠い身体を動かし、ケントの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ返した。
テレビの画面に目をやると、映画はすっかり終わっていた。
黒い背景に白いエンドロールの文字が延々と流れている。
結局、ストーリーなんて一つも覚えていない。
少しの余韻を楽しんだ後、二人は慌ててソファから立ち上がった。
急いでバスルームへ向かい、二人でシャワーを浴びて汗と情事の匂いを洗い流す。
リビングに戻ると、窓を大きく開けて冬の冷たい風を入れ、徹底的に換気をした。
ソファにシミがついていないか。
クッションの位置がおかしくないか。
ティッシュなどの残骸が残っていないか。
二重にも三重にもチェックする。
「……なんか、すごい悪いことした気分」
窓を閉めながら、レオが頬を赤くしてポツリと呟いた。
家族みんなで食事をし、団欒するこのリビングで。
あんなに淫らな行為をしてしまったという背徳感。
それが、今になってどっと押し寄せてくる。
「……今度は、やっぱりちゃんとベッドにして」
上目遣いで少しだけ睨むように言うレオ。
ケントは悪びれる様子もなく、ふっと笑ってレオの髪を撫でた。
「善処します」
「……もう」
これ以上言い返しても無駄だと思い、レオはぷいっとそっぽを向いたけ。
その口元は少しだけ緩んでいた。
時計の針は、すでに夕方を指している。
そろそろ、ショウとリサが仕事から帰ってくる時間だ。
二人は何事もなかったかのような顔をして、夕食の準備を始めた。
包丁がまな板を叩くトントンというリズミカルな音。
冬のリビングに温かく響き渡る。
秘密の熱と甘い余韻を、心の奥底にそっと隠したまま。
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