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第27話 雪の日
高校二年生の冬。
凍えるような風が窓を叩く、金曜日の夜。
夕飯を食べ終えたリビング。
少しだけ照明を落とした暖房の効いた部屋の中で、テレビからは天気予報が流れていた。
「明日の朝にかけて、広い範囲で積雪が予想されています。交通機関の乱れが予想されますので、不要不急の外出は控えるようにしてください」
画面には、見慣れない大きな雪だるまのマーク。
どうやら、明日は結構な量が降るらしい。
「……積もるかな」
ケントが、画面を見ながら言う。
「積もりそう」
レオもクッションを抱えながら、テレビの画面を見つめて答えた。
しばらくして。
レオが、ぽつりと呟いた。
「タイミング悪いね」
「何が?」
「だって、平日だったら学校休みだったかもしれないのに」
その言葉に。
ケントは思わず、吹き出してしまった。
「……え、レオがそんなこと言う?」
「何その反応」
「いや、だってさ」
ケントは可笑しくてたまらないというように笑う。
「レオも、学校休みたいとか思うんだなって」
レオは少しだけ考える。
「……確かに」
今まで。
そんなこと、あまり考えたことがなかった。
学校は行くものだ。
風邪でもない限り、這ってでも行く。
いや、なんなら多少の熱でも行く。
それが当たり前だったし、休むという選択肢自体が頭になかった。
「休めたらラッキー、くらいは思うかも。今は」
「人間らしくなったな」
「失礼」
少しだけ口元を尖らせて、拗ねたような顔をする。
それが、どうしようもなく可愛い。
ケントは心の中で深く頷いたけれど、絶対に口には出さなかった。
翌朝。
レオが目を覚ました時。
部屋の空気が、いつもよりしんと冷え切っている気がした。
ベッドから抜け出し、まず最初にカーテンを開ける。
白い。
窓の向こう。
見慣れた庭が、一面真っ白に染まっていた。
「……積もってる」
思わず、感嘆の声が漏れる。
数分後。
朝ご飯もそこそこに、二人はダウンジャケットを着込んで庭へ出ていた。
まだ誰も足を踏み入れていない。
太陽の光を反射してキラキラと光る、真っ白な雪。
レオは少しだけ迷ってから。
ふっ、と最初の一歩を踏み出した。
ぎゅっ。
新雪を踏みしめる、小気味良い音。
そのまま、もう一歩。
さらに一歩。
ぎゅっ、ぎゅっ。
その音を楽しむように歩く。
満足そう。
すごく、満足そう。
ケントは少し後ろから、その様子を見て笑った。
「そんなに嬉しい?」
「……ちょっと」
ちょっとどころじゃない。
普段のクールな顔が、隠しきれないくらい楽しそうにほころんでいる。
レオは雪の上をあちこち歩き回る。
真っ白なキャンバスのような庭に、自分の足跡だけが点々と残っていく。
ただそれを見ているだけで、楽しいらしい。
本当に。
たまに子どもみたいになる。
出会った頃の近寄りがたさはどこへ行ったのか。
でも、その無防備なところがたまらなく好きだった。
しばらくすると。
レオがしゃがみ込み、両手でキュッキュッと雪を集め始めた。
「何してるの」
「雪だるま」
なるほど。
数分後。
「できた」
得意げな声と共に振り返ったレオの手には。
小さい。
とても小さい。
手のひらサイズの、雪だるまが乗っていた。
「かわいい」
「でしょ」
「うん」
ちがう。
かわいいのは、雪だるまなんかじゃない。
得意げにそれを見せてくる、レオだ。
当然、レオは気付いていない。
その時。
ケントの中に、ふと悪戯心が芽生えた。
手袋を外し、素手で雪をぎゅっと握る。
冷たい。
あっという間に手が冷える。
十分冷えた。
よし。
雪だるま作りに夢中になっているレオの、後ろへそっと回る。
そして。
マフラーの隙間。
無防備な首筋へ、冷え切った両手をそっと当てた。
ひやっ。
「っ!?」
レオが、ビクッと大きく飛び上がった。
「……っ冷たっ!」
「はははは!」
大成功。
「ケント……!」
レオが振り向く。
本気で怒っている。
でも、その口元は少し笑っている。
「ごめんごめん、つい」
「絶対反省してない」
正解だ。
結局、やられっぱなしで終わるレオではない。
足元の雪をすくい上げ、雪玉を作ってケントに向かって投げつけた。
反撃開始。
数十分後。
激しい雪合戦の末。
二人とも手が真っ赤に冷え切り、耳も痛いくらいに冷たくなっていた。
「……寒い」
「寒いね」
鼻の頭を赤くして、ようやく家へ戻る。
玄関を抜け、暖房の効いたリビングへ。
温かい空気が、冷え切った体をふわりと包み込む。
ほっとする。
レオが、赤くなった指先にはぁはぁと息を吹きかけ、両手をこすり合わせている。
ケントはそれを見て、そのままキッチンへ向かった。
しばらくして。
甘い匂い。
ホットココア。
マグカップが二つ。
レオが、温かいマグカップを両手で大切そうに包み込む。
「……あったかい」
心底幸せそうな、とろけたような顔。
窓の外の雪景色を眺めながら。
甘いココアを少しずつ飲む。
外は、凍えるほど寒い。
でも。
部屋の中はこんなに暖かい。
隣には、大好きな人がいる。
マグカップから立ち昇る湯気越しに、レオは窓の外を見ながら思った。
雪の日も。
悪くないかもしれない。
そして。
幸せそうにココアを飲むその横顔を見つめながら。
ケントも全く同じことを考えていた。
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