27 / 54

第27話 雪の日

 高校二年生の冬。  凍えるような風が窓を叩く、金曜日の夜。  夕飯を食べ終えたリビング。  少しだけ照明を落とした暖房の効いた部屋の中で、テレビからは天気予報が流れていた。 「明日の朝にかけて、広い範囲で積雪が予想されています。交通機関の乱れが予想されますので、不要不急の外出は控えるようにしてください」  画面には、見慣れない大きな雪だるまのマーク。  どうやら、明日は結構な量が降るらしい。 「……積もるかな」  ケントが、画面を見ながら言う。 「積もりそう」  レオもクッションを抱えながら、テレビの画面を見つめて答えた。  しばらくして。  レオが、ぽつりと呟いた。 「タイミング悪いね」 「何が?」 「だって、平日だったら学校休みだったかもしれないのに」  その言葉に。  ケントは思わず、吹き出してしまった。 「……え、レオがそんなこと言う?」 「何その反応」 「いや、だってさ」  ケントは可笑しくてたまらないというように笑う。 「レオも、学校休みたいとか思うんだなって」  レオは少しだけ考える。 「……確かに」  今まで。  そんなこと、あまり考えたことがなかった。  学校は行くものだ。  風邪でもない限り、這ってでも行く。  いや、なんなら多少の熱でも行く。  それが当たり前だったし、休むという選択肢自体が頭になかった。 「休めたらラッキー、くらいは思うかも。今は」 「人間らしくなったな」 「失礼」  少しだけ口元を尖らせて、拗ねたような顔をする。  それが、どうしようもなく可愛い。  ケントは心の中で深く頷いたけれど、絶対に口には出さなかった。  翌朝。  レオが目を覚ました時。  部屋の空気が、いつもよりしんと冷え切っている気がした。  ベッドから抜け出し、まず最初にカーテンを開ける。  白い。  窓の向こう。  見慣れた庭が、一面真っ白に染まっていた。 「……積もってる」  思わず、感嘆の声が漏れる。  数分後。  朝ご飯もそこそこに、二人はダウンジャケットを着込んで庭へ出ていた。  まだ誰も足を踏み入れていない。  太陽の光を反射してキラキラと光る、真っ白な雪。  レオは少しだけ迷ってから。  ふっ、と最初の一歩を踏み出した。  ぎゅっ。  新雪を踏みしめる、小気味良い音。  そのまま、もう一歩。  さらに一歩。  ぎゅっ、ぎゅっ。  その音を楽しむように歩く。  満足そう。  すごく、満足そう。  ケントは少し後ろから、その様子を見て笑った。 「そんなに嬉しい?」 「……ちょっと」  ちょっとどころじゃない。  普段のクールな顔が、隠しきれないくらい楽しそうにほころんでいる。  レオは雪の上をあちこち歩き回る。  真っ白なキャンバスのような庭に、自分の足跡だけが点々と残っていく。  ただそれを見ているだけで、楽しいらしい。  本当に。  たまに子どもみたいになる。  出会った頃の近寄りがたさはどこへ行ったのか。  でも、その無防備なところがたまらなく好きだった。  しばらくすると。  レオがしゃがみ込み、両手でキュッキュッと雪を集め始めた。 「何してるの」 「雪だるま」  なるほど。  数分後。 「できた」  得意げな声と共に振り返ったレオの手には。  小さい。  とても小さい。  手のひらサイズの、雪だるまが乗っていた。 「かわいい」 「でしょ」 「うん」  ちがう。  かわいいのは、雪だるまなんかじゃない。  得意げにそれを見せてくる、レオだ。  当然、レオは気付いていない。  その時。  ケントの中に、ふと悪戯心が芽生えた。  手袋を外し、素手で雪をぎゅっと握る。  冷たい。  あっという間に手が冷える。  十分冷えた。  よし。  雪だるま作りに夢中になっているレオの、後ろへそっと回る。  そして。  マフラーの隙間。  無防備な首筋へ、冷え切った両手をそっと当てた。  ひやっ。 「っ!?」  レオが、ビクッと大きく飛び上がった。   「……っ冷たっ!」 「はははは!」  大成功。 「ケント……!」  レオが振り向く。  本気で怒っている。  でも、その口元は少し笑っている。 「ごめんごめん、つい」 「絶対反省してない」  正解だ。  結局、やられっぱなしで終わるレオではない。  足元の雪をすくい上げ、雪玉を作ってケントに向かって投げつけた。  反撃開始。  数十分後。  激しい雪合戦の末。  二人とも手が真っ赤に冷え切り、耳も痛いくらいに冷たくなっていた。 「……寒い」 「寒いね」  鼻の頭を赤くして、ようやく家へ戻る。  玄関を抜け、暖房の効いたリビングへ。  温かい空気が、冷え切った体をふわりと包み込む。  ほっとする。  レオが、赤くなった指先にはぁはぁと息を吹きかけ、両手をこすり合わせている。  ケントはそれを見て、そのままキッチンへ向かった。  しばらくして。  甘い匂い。  ホットココア。  マグカップが二つ。  レオが、温かいマグカップを両手で大切そうに包み込む。 「……あったかい」  心底幸せそうな、とろけたような顔。  窓の外の雪景色を眺めながら。  甘いココアを少しずつ飲む。  外は、凍えるほど寒い。  でも。  部屋の中はこんなに暖かい。  隣には、大好きな人がいる。  マグカップから立ち昇る湯気越しに、レオは窓の外を見ながら思った。  雪の日も。  悪くないかもしれない。  そして。  幸せそうにココアを飲むその横顔を見つめながら。  ケントも全く同じことを考えていた。

ともだちにシェアしよう!