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第34話 そっちに行かないで
活気に満ちた昼休みの学食。
大きな窓から差し込む陽光が、テーブルに並んだ生徒たちの明るい表情を照らし出している。
食器が触れ合う音や、無数の話し声。
それらが混ざり合い、一種の喧騒を生み出していた。
少し離れた席で一人、静かに昼食をとっていたケント。
背後のテーブルから甲高い女子生徒たちの声が飛び込んできた。
入学して数ヶ月が経ち、学校生活にもすっかり慣れてきた新入生の女子グループのようだ。
話題はもっぱら、校内のかっこいい先輩たちのこと。
「ねえ、ぶっちゃけ五島先輩と水澄先輩、どっち派?」
「えー、迷う! 」
「五島先輩もクールでかっこいいけど、私は断然水澄先輩」
「あの優しそうな笑顔、反則じゃない?」
きゃあきゃあと、まるでアイドルの話でもしているかのように盛り上がる声。
ケントは無表情のまま。
箸を動かす手を止めずにその会話をBGMとして聞き流そうとしていた。
あの笑顔と、誰にでも分け隔てなく接する優しい性格。
それに加えてあの整った顔立ち。
後輩の女子たちから目をつけられないはずがなかった。
頭では理解している。
けれど。
心臓の奥底に、じわりと黒くて冷たい泥のようなものが広がるのを感じていた。
その時。
グループの中で一際声が大きく、華やかで目立つであろう女子生徒が。
少し声を潜めるように、しかし自信たっぷりに言った。
「私さ、今度の体育祭のあと、水澄先輩に告白しちゃおうかな」
その爆弾発言に、周囲の女子たちが一斉に色めき立った。
「えっ、マジで!? いくの!?」
「絶対いけるって! 水澄先輩とお似合いだよ!」
背後で繰り広げられる、無責任で楽観的なガールズトーク。
ケントは、持っていたプラスチックのコップを、ミシッ、と音が鳴るほど強く握りしめた。
(いけねーよ!)
思わず、心の中で鋭い悪態をつく。
レオにはオレがいる。オレだけのものだ。
他の誰かに渡すわけがない。
レオだってオレ以外を選ぶはずがない。
揺るぎない自信と絆はあるはずなのに。
それでも。
どこかで、その女子生徒の「告白する」という言葉が。
鋭いトゲのようにケントの心に深く引っかかっていた。
誰かが、明確な意図を持ってレオを狙っている。
レオに好意を向け、あわよくば自分のものにしようとしている。
その事実が、ケントの胸の内に巣食う黒い独占欲を、静かに、しかし確実に育てていった。
夜。
間接照明のオレンジ色の光だけがぼんやりと空間を照らしていた。
むわっとした熱気と甘い匂いが充満する。
「んっ……ぁ、あ、っ……! けんと、ぁっ……」
ベッドの上でシーツに沈み込むレオから、甘く切ない喘ぎ声が絶え間なく漏れ出ている。
二人の身体は、すでに最も深い場所で隙間なく繋がり合っていた。
ケントの大きな手がレオの腰をしっかりと掴む。
一定のリズムで重い腰を打ち付けるたび、
バチン、バチンと肌が激しくぶつかり合う水音が部屋に響き渡る。
「あ、っ、そこ、っ、んんっ……!」
最近のレオは、すっかりセックスが上手になっていた。
本人は無意識なのかもしれないが。
ケントが腰を引くたびに、少しでも奥へ誘い込もうとするように。
自分の腰を小さく揺らし、最も感じやすい熱い場所に、的確に当たるように動いてくる。
そして、ケントの太く猛ったものが侵入してくるたび。
内側の柔らかい粘膜がきゅう、きゅう、と愛おしむように絡みつき、強く締め付けてくるのだ。
「レオ……っ、中、すげーいい……っ」
「あ、ぁあっ! けんとぉ……っ、ん、あ、っ……!」
声を出すまいと、必死に自分の唇を噛み締める。
シーツを固く握りしめて我慢しようとするレオ。
しかし。
ケントが本気を出して深く、激しく抉り上げるように突き上げると。
その健気な理性はあっさりと陥落してしまう。
堪えきれずに唇の隙間から零れ落ちる喘ぎ声。
ひどく甘く、可愛らしくて、ケントの理性をやすやすと焼き尽くした。
「ゃ、あ……っ! だめ、あ、すごいっ……ああっ!」
ビクビクと背中を反らせ、快感に翻弄されるレオを見下ろしながら。
ふと、昼間の学食で耳にした、あの女子生徒の言葉が。
ケントの脳裏に蘇った。
『体育祭のあと、水澄先輩に告白しちゃおうかな』
その言葉を思い出した瞬間。
ケントの胸の中で燻っていた黒い泥のような感情が、一気に膨れ上がった。
他の誰かが、このレオを欲しがっている。
この蕩けた顔も、甘い声も、熱い身体も。
全部オレのものなのに。
ケントの奥底にある真っ黒な嫉妬と独占欲が。
レオの中に埋まっているケントの分身を、さらに限界まで熱く、大きく膨張させた。
「っ、あ!? おっきく、なっ……あ、あ、ぁああっ!」
突然、内側から弾けそうなくらいに膨れ上がった質量に、レオが驚きと快感の入り混じった甲高い悲鳴を上げる。
「……レオ」
「ん、あ、っ……は、あ……っ」
「この前さ、また女子に噂されてた」
「え、あ、っ……んんっ!」
ケントは、わざと一番奥の敏感な場所をゴリッと強く擦り上げながら、耳元で低く囁いた。
意地悪なことを言っている、聞いている自覚は十分にあった。
レオが浮気をするはずがないことも。
自分だけを愛してくれていることも分かっている。
それでも、言葉にして確かめずにはいられなかったのだ。
「『告白しようかな』だってさ」
「ぁ、あ……っ! そん、な、の……っ、しらな……っ、ああっ!」
「どうするの? 告白されたら」
「あ、っ、する、わけ……ない、じゃんっ! あ、ん、んんっ……!」
ケントの執拗な突き上げに、レオの喘ぎ声が何度も途切れる。
呼吸すらまともにできないほどの快感を与えられながら、レオは首を横に振り、涙目でケントを睨みつけた。
「どうもしない、っ……ことわる、に……きまっ、てる……っ! あ、あぁっ!」
その答えに、ケントの胸は少しだけ安堵した。
けれど、一度暴走を始めた独占欲は、それだけでは収まってくれなかった。
「……その子がさ」
ケントは、レオの汗ばんだ前髪をかき分け、潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめ下ろした。
腰の動きは止めない。
むしろ、さらに深く、重く叩き込みながら。
「その子が、こんなすげーえっちな姿見たら、どう思うかな」
「なに、言っ……あ、あっ……っ!」
「こんな風に、オレのにすがりついてるの見て」
「やっ、あ、んっ! いじわるっ、言わない、で……っ!」
羞恥と快感で、レオの顔が限界まで真っ赤に染まる。
ケントの言葉に煽られ、レオの内側がさらに熱く、きつくケントを締め付けた。
「あ、っ、ああっ! けんと、ぁっ……!」
「……うん」
「ケントしか、……見ちゃ、だめ……っ! っ……あ、あ、ぁああっ!」
ぽろぽろと、生理的な涙をこぼしながら、必死にケントの首に腕を回してすがりついてくるレオ。
その言葉が、その姿が、ケントの理性の最後の糸を完全に断ち切った。
――ああ、オレの恋人は、どうしてこんなにも可愛くて、愛おしいんだろう。
「……可愛い」
「あ、ん、けんと……!」
「もっと可愛い声で鳴いて」
ケントは、腰のスピードを一気に引き上げた。
手加減の一切ない、獣のような激しいピストン。
バチンバチンという激しい打撃音。
じゅぷじゅぷという粘膜の擦れる水音。
絶え間なく部屋に響き渡る。
「あ……っ! あ、っ、ああっ……! けん……と、っ! けんと……!!」
もう、レオの頭の中はぐちゃぐちゃだった。
我慢なんて、一ミリもできない。
ケントが与えてくれる暴力的なまでの快楽。
脳髄まで溶かされて。
ただひたすらに大好きな人の名前を叫び、泣きじゃくることしかできなかった。
「いく、おれ……っ、も……、いく、 あ、あ、ぁああっ!」
視界が、真っ白な閃光に包まれる。
互いの最も熱い部分が限界を迎え、深い、深い奥底で、濃密な欲望が勢いよく弾け飛んだ。
荒い息遣いだけが、波のように部屋の中に満ちている。
絶頂の余韻の中。
レオの上に覆い被さったまま、ケントはゆっくりと我に返っていった。
ひどいことを言った。
不安と嫉妬に任せて。
意地悪な言葉でレオを煽って。
自分の所有欲を満たすためだけに乱暴に抱き潰してしまった。
「……はぁ、はぁ……」
レオはすっかり力尽き、汗だくになってシーツに沈み込んでいる。
その白い肌には、ケントがつけた無数の赤い痕が。
痛々しいほどにくっきりと残っていた。
激しい後悔と、底知れぬ愛おしさが同時に押し寄せてくる。
「ごめん」
ケントは、レオの額に張り付いた髪を優しく撫でながら、小さな声で謝った。
「痛くなかった? 大丈夫……?」
気遣うような、不安げなケントの声。
レオは、まだ焦点の定まらない潤んだ瞳をゆっくりと瞬かせ、ケントの顔を見上げた。
そして、ふるふると小さく首を横に振る。
「ん……、大丈夫」
かすれた、甘い声。
ケントはレオの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
レオの匂いが、少しだけケントの心を落ち着かせる。
そして、ぽつりと、自分の心の中にあった情けなくて重い本音をこぼした。
「……告白されても、そっち行かないでね」
それは、命令ではなく、懇願だった。
学校中から注目される、かっこよくて、優しくて、キラキラしている自慢の恋人。
誰かに取られてしまうんじゃないかという不安。
いつもケントの心のどこかに付き纏っていたのだ。
その言葉を聞いて、レオは少しだけ驚いたように目を見開いた後。
ふわりと、この世の何よりも柔らかく、優しい微笑みを浮かべた。
「……行くわけ、ないじゃん」
レオの細い腕が、ケントの広い背中に回され、ぎゅっと抱きしめ返される。
「ケントじゃなきゃ、だめ」
「……レオ」
「ケントのこと、大好きなのに」
レオには、ケントが抱えていた焦る気持ちや不安が、痛いほどによく分かった。
なぜなら、自分自身も全く同じ感情を抱えていたからだ。
ケントが他の女子から告白されたと知った時。
後輩から憧れの眼差しを向けられているのを見た時。
胸が押し潰されそうなくらい焦って。
深く沈んで。
どうしようもない嫉妬に狂いそうになった。
大好きな人が、自分以外の誰かに笑いかけるだけで。
こんなにも胸が痛くなる。
その苦しさを知っているからこそ。
今のケントの不器用な嫉妬が、たまらなく愛おしかった。
(こんなに大好きなのに。絶対に離れるはずなんてないのに)
どうやったら、この重すぎるくらいの愛情が、不安がる彼に真っ直ぐに伝わるだろうか。
言葉だけじゃ、きっと足りない。
レオは、まだ自分の内側に留まっているケントの熱を感じながら。
自ら腰を微かに持ち上げ、ケントにすり寄った。
そして、ケントの唇に。
自分からそっと、優しく口付けをした。
「……ケント、愛してる」
チュッ、と、触れるだけの甘いキス。
「おれには、ケントだけだよ」
「ん」
「だから……もっと、おれのこと、ぐちゃぐちゃにして……?」
あまりにも扇情的で。
健気で。
愛に溢れた言葉。
ケントの瞳に、再び強い熱が灯る。
「……レオ」
こんなにも自分を愛してくれている。
こんなにも自分を求めてくれている。
その事実が、ケントの心を満たし、そして再び、どうしようもないほどの渇きを生み出した。
「……ごめん。もう一回、していい?」
「いっぱい、して……」
甘い吐息の交じり合い。
再び重なり合う唇。
夜はまだ深い。
ケントの嫉妬も、レオの切実な愛情も。
すべてを溶かし込むように。
二人は再び、甘く濃密な熱の中へ。
深く、深く沈んでいった。
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