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第35話 青嵐祭1
初夏の風が、教室のカーテンを揺らす季節。
この高校には『青嵐祭』と呼ばれる文化祭がある。
高校三年生。
ケントとレオにとって、高校生活最後の学校祭だ。
遡ること何ヶ月か前の放課後。
文藝部の部室。
「最後の思い出作りに、今年は絶対何かやりたい!」
部長の一言が、静かな部室に響き渡った。
文藝部。
普段はそれぞれが本を読んだり、たまに部誌を作ったりするだけの、静かな集まり。
例年、文化祭では特に何もしていない。展示すら出さない年もあるくらいだ。
でも、今年は最後。
部長の熱意に、部員たちも少しだけ心が動いた。
とはいえ。
「やるにしても、何を?」
「あんまり負担になるのはちょっと……」
みんなの意見は消極的だった。
派手な催しなんて絶対無理。
手の込んだ模擬店も、ノウハウがない。
でも、何かやりたい。堂々巡りの話し合い。
その時、レオが、ふと口を開いた。
「……ドリンクの販売は、どうかな」
部員の視線が、一斉にレオに集まる。
「暑くなる時期だし、冷たい飲み物なら売れると思う。カップに注ぐだけだから、難しくないし」
「休憩スペースみたいな感じで、そこに図書室で借りられるおすすめの本をコメントと一緒に展示するとか……」
「……」
「そうすれば、図書室利用の促進にもなるし。文藝部っぽくないかな」
言い終えて。
レオは内心、心臓がどきどきと音を立てていた。
普段の自分は、こんな風に提案したり、強く主張したりするタイプじゃない。
周りに合わせる方が楽だった。
目立つのは嫌だった。
でも、心のどこかで、みんなで思い出に残る何かをしたい。
そんな気持ちが、確かにあったのだ。
部室に、数秒の沈黙が落ちる。
そして。
「それ、めっちゃいい!」
「賛成! 負担も少ないし、文化部っぽくておしゃれ!」
満場一致で可決された。
空気が一気に明るくなる。
ホッと息を吐くレオをよそに、女子部員たちのテンションが急上昇し始めた。
「じゃあさ、お揃いのTシャツ作らない?」
「カフェっぽくするなら、何かコスプレしたら絶対楽しい!」
「メイド服? いや、それはベタすぎるか」
大盛り上がりの女子たち。
最初は「負担はちょっと」と言っていたのが嘘のようだ。
そして。
話し合いの後半は、徐々に不穏な方向へシフトしていった。
「客寄せの看板、誰にする?」
「そんなの、水澄くんに決まってるじゃん」
「だよね! 水澄くんに何のコスプレさせるか会議しよう!」
「執事? いや、あえてのチャイナとか?」
「猫耳は外せないでしょ!」
完全に、おもちゃにされている。
レオは引きつった笑いを浮かべた。
「あの。おれに拒否権ないかんじ……?」
小さく呟く。
すると、隣に座っていたおとなしい男子部員が、レオの肩をぽんと叩いた。
そして、そっと耳打ちする。
「……諦めな。女子には逆らわないほうがいいよ」
その目は、深い諦観に満ちていた。
レオは静かに、自分の運命を受け入れた。
それから。
文化祭が近くなると、部活の時間はすべて準備に当てられた。
コスプレは却下されたものの、女子たちの強い要望で、お揃いのカフェエプロンを作ることになった。
落ち着いたネイビーのエプロン。
胸元には文藝部のロゴをプリントする。
メニューを考える。
アイスティー、アイスコーヒー、レモネード、オレンジジュース。
看板をペンキで手作りする。
おすすめの本を選び、画用紙に色ペンで丁寧にコメントを書く。
順調だった。
放課後の教室で、絵の具の匂いに包まれながら作業をする。
「水澄くん、そっちの端持って!」
「うん、わかった」
みんなで笑い合いながら。
意見を出し合いながら。
部活のみんなで協力して、一つの目標に向かって何かをする。
もしかしたら、高校に入って初めてかもしれない。
ペンキで手が汚れる。
準備で帰るのが遅くなる。
大変だ。
でも。
(……意外と、楽しいかも)
レオは、出来上がっていく手作りの看板を見つめながら、小さく微笑んだ。
窓の外では、グラウンドから運動部の声が聞こえる。
校舎全体が、お祭りの前の特別な熱気を帯びている。
ケントもきっと、準備で忙しくしているはずだ。
当日、このカフェにケントが来たら、どんな顔をするだろう。
エプロン姿を見られるのは、少し恥ずかしいけれど。
胸の奥が高鳴る。
青嵐祭は、もう間もなくだった。
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