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第36話 青嵐祭2

 いよいよ、青嵐祭が間近に迫ったある日。  校内は、少し異様な熱気に包まれていた。  原因は、配布された文化祭のパンフレット。  出展リストの『文藝部:ブックカフェ』の文字。  今まで一度も模擬店を出したことのない文化部。  その唐突な参加に、女子生徒たちが敏感に反応したのだ。 「ねえ、文藝部って水澄先輩いるよね?」 「えっ、接客するかな!? 絶対行く!」 「水澄くんに会えるなら行くしかないでしょ」  廊下を歩くたびに、そんな声がヒソヒソと聞こえてくる。  特進科の、手の届かない優等生。  そんな水澄レオがエプロン姿で接客するという噂は、あっという間に全校女子の間に広まっていた。  放課後の部室。  悩める文藝部の部長が、レオの前に座っていた。  その目は、完全に「¥」マークになっていた。   「ねえ、水澄くん。ツーショットチェキとか売ったら、ものすごい盛り上がると思うんだけど。どうかな? 一枚五百円で」 「……」 「絶対ぼろ儲けできる。部の予算が潤う。伝説の文化祭になる」  熱弁を振るう部長。  しかし、レオは静かに、けれど強い力で首を横に振った。 「嫌」 「そこをなんとか!」 「無理。写真はだめ。ぜったい」  頑なだった。  ただでさえ目立つのは嫌なのに、写真を撮られて出回るなんて悪夢だ。  それに。  ケントが見たら、絶対にいい顔をしない。  その予感があったから、全力で拒否した。  そして、文化祭当日。  五月の青空の下、校内はお祭り騒ぎになっていた。 「文藝部、ブックカフェやってまーす!」  レオは、手作りの看板を持って校庭を練り歩いていた。  ネイビーのカフェエプロン姿。  すれ違う女子たちが、次々と黄色い悲鳴を上げる。  スマホが向けられる。 「はい、お触り禁止でーす!」 「写真NGです! 目に焼き付けてくださーい!」  レオの両脇には、二人の男子部員がピタリとついていた。  完全に、SPの警護状態だった。  大げさな男子たちのおかげで、なんとか無事に宣伝を終える。  しかし、本当の地獄はそこからだった。  模擬店の教室に戻ると。  廊下には、信じられないほどの長蛇の列ができていた。 「え、これ全部……うちの客?」 「あまりの混雑に、急遽整理券対応になったらしいよ」  男子部員が引き攣った顔で教えに来る。  しかも、その整理券もすでにすべて完売したらしい。  そこからは、記憶が途切れ途切れだ。  ひたすら、プラコップを並べる。  アイスティーを注ぐ。  レモネードを渡す。 「ありがとうございます」と、引き攣った笑顔を浮かべる。 「あの、写真一緒にいいですか?」  客からよく聞かれた。  でも、すかさず隣のSP部員が立ちはだかる。 「NGです! 」  見事な鉄壁のガード。  彼らがいなければ、今頃どうなっていたか分からない。  提供。提供。また提供。  息をつく暇もない。  水分補給すらままならない。 「……疲れた」  魂が口から抜けそうだった。  午後一時。  想定よりずっと早く、用意していたドリンクがすべて完売した。 「完売御礼」の札が貼られ、文藝部の模擬店はお開きとなった。 「水澄くん、本当にお疲れ様! 大活躍だったよ!」  部長や女子部員たちから拍手で労われる。  でも、レオはパイプ椅子にへたり込んで動けなかった。  疲れた。  本当に疲れた。  いくらなんでも、働かせすぎじゃないか。  一気に老け込んだ気がする。   「少し休んできなよ。片付けはやっておくから」  優しい言葉に甘えて、レオはそっと教室を抜け出した。  休憩もそこそこに、向かったのは校庭だった。  グラウンドの端。  テントが並ぶ模擬店エリア。  サッカー部の屋台を、少し離れた木陰からこっそりと覗く。  たしか、フランクフルトか何かを売っているはずだ。  ユニフォーム姿の男子たちが、鉄板の前で騒いでいる。  活気のある声。  でも。  そこに、ケントの姿はなかった。  シフトの時間が違うのか、それともどこかで見回りをしているのか。 「……」  付き合っていることは、誰にも言えない秘密。  だから、積極的には探せない。 「ケントいる?」なんて、気軽に聞きに行くこともできない。  見つからなければ、諦めるしかないのだ。  レオは、小さくため息をついた。  初めての、文化祭の準備。  エプロン姿。  頑張ったこと。  疲れたこと。  誰よりも一番に。  ケントに、見てほしかった。  話を聞いてほしかった。  少し冷たくなってきた初夏の風に吹かれながら。 (……会いたかったな)  レオは、遠くのテントを見つめながら、ぽつりと心の内で呟いた。

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