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第38話 祭りの後に
文化祭の狂騒が嘘のように引いた、静かな土曜日の朝。
いや、もう朝とは呼べない時間だった。
遮光カーテンの隙間から、細い光の帯がフローリングに伸びている。
目覚まし時計は、確かにセットしたはずだった。
でも、記憶のないうちに無意識で止めてしまったらしい。
泥のように眠っていた。
慣れない接客と、緊張と、一日中の立ち仕事。
文化祭の疲労は、想像以上にレオの体を重くしていた。
「レオ。ご飯」
ドア越しに聞こえる、少し低くて優しい声。
ケントだ。
その声で、ようやく重い瞼が持ち上がる。
ぼんやりとした頭で、枕元のスマートフォンを見る。
午前十一時。
完全に、寝過ぎた。
「……うん。今、起きる」
掠れた声で返事をする。
体を起こすと、節々が少し軋むような気がした。
だるい。
でも、心は不思議と軽かった。
終わったのだ。やり切ったのだという、確かな達成感。
薄手のパジャマのまま、ゆっくりと階下へ降りる。
リビングのドアを開けると、ふわりと良い匂いがした。
トーストの焼ける香ばしい匂いと、バターの香り。
「おはよ」
「おはよう。よく寝てたな」
キッチンに立つケントが振り返り、柔らかく笑う。
ダイニングテーブルには、すでに簡単なランチが並べられていた。
彩りのいいサラダ。
こんがり焼けたトースト。
目玉焼きと、ベーコン。
「ごめん。おれが作ろうと思ってたのに」
「いいよ。疲れてたんだろ。たまには休め」
素直に嬉しい。
ケントの不器用だけれど温かい優しさが、胸の奥にじんわりと染み込む。
向かい合って座る。
「いただきます」と小さく手を合わせて、フォークを取る。
ケントの焼いたトーストは、端の方が少しだけ焦げていた。
でも、それがカリカリとして美味しかった。
「今日、ショウ兄とリサは?」
「買い物だって。夕飯まで帰らないらしい」
ケントが、オレンジジュースを飲みながら答える。
ということは。
この広い家に、今は二人きりだ。
静寂が落ちる。
カチャ、とフォークが皿に触れる音だけが響く。
お互いの視線が、ふと交差した。
言葉はなくても、痛いほど伝わっていた。
文化祭の準備。
本番の忙しさ。
ここ数週間、ずっとすれ違っていた。
同じ家にいて、同じテーブルでご飯を食べていても。
二人きりでゆっくり話す時間は、ほとんどなかった。
肌に触れる時間なんて、もちろんない。
寂しかった。
お互いに。
ずっと、求めていた。
「ごちそうさま」
皿を下げる。
洗い物は後でいいよ、とケントが低い声で言った。
立ち上がろうとしたレオの手首を、ケントの手が掴む。
少しだけ、熱い体温が伝わってくる。
「……部屋、行こ」
「うん」
やることは、ひとつだった。
階段を上る足音が、やけに大きく響く。
ケントの部屋。
ドアが閉まる。
鍵がカチャリと音を立てる。
二人だけの、密室。
外の世界から完全に切り離された、安全な空間。
部屋の中央で。
ケントが、後ろからレオを強く抱きしめた。
背中に、大きな胸板が密着する。
ケントの匂い。
ケントの体温。
ずっと、これが欲しかった。
「……レオ」
「ん……」
首筋に、熱い唇が落ちる。
ちゅっ、と微かな水音が響く。
ゾクゾクと、背筋を甘い電流が駆け抜けた。
ケントの腕が、レオの細い腰をさらに強く引き寄せる。
「ずっと、触りたかった。我慢してた」
耳元での囁き。
少し掠れた、甘い声。
レオの全身から、力が抜けていく。
「おれも……」
振り向いて、ケントの首に腕を回す。
唇が重なる。
最初は、お互いを確かめ合うような、優しいキス。
角度を変え。
何度も、何度も。
次第に、熱を帯びていく。
舌が絡み合う。
甘い唾液が混ざり合う。
息が苦しくなる。
でも、絶対に離れたくない。
そのまま、ベッドに押し倒される。
柔らかいマットレスが沈む。
上に覆い被さるケント。
熱を孕んだ黒い瞳が、レオを真っ直ぐに射抜く。
「明日は体育祭だから」
ケントが、前髪をかき上げながらぽつりと言う。
「無理は、させない。だから……一回だけ」
一回だけ。
その言葉が、逆にレオの胸を締め付けた。
たった一回に、この数週間の渇きと熱をすべて込める。
丁寧に。
時間をかけて。
濃厚に。
ケントの手が、レオのパジャマのボタンを外していく。
白い肌が、少し冷たい空気に晒される。
でも、すぐにケントの大きな手のひらが、その冷たさを熱で奪っていく。
首筋。
鎖骨。
胸元。
這うように、執拗に唇が落とされる。
赤い痕が、いくつも咲いていく。
「あ……んっ」
レオの口から、小さな声が漏れる。
我慢しようと唇を噛む。
でも、ケントの愛撫は、いつもよりずっと丁寧で、そして意地悪だった。
胸の突起。
指先で、優しく転がされる。
濡れた舌で、円を描くように舐め上げられる。
「ア、あッ……! だめ、けんと……っ」
甘い痛痒さ。
背中が弓なりに反り、腰が勝手に浮き上がる。
ケントの手が、容赦なくレオを責め立てる。
すれ違っていた寂しさを、すべて快感で塗り替えるように。
パジャマのズボンが引き下げられる。
下着も一緒に剥ぎ取られ、足首から抜け落ちる。
完全に無防備な姿。
ケントの指が、レオの太ももをゆっくりと撫で上げる。
内側の、一番柔らかい皮膚。
そこをなぞられるだけで、レオの体はびくびくと震えた。
「きれいだ……レオ」
ケントの瞳が、欲望で揺れている。
でも、そこには絶対的な愛情がある。
だから、怖くない。
すべてを委ねられる。
ケントの指が、ローションで濡らされる。
冷たい感触が、後ろの入り口に触れた。
ビクッ、と体が跳ねる。
「力、抜いて。痛くしないから」
優しい声。
ゆっくりと、指が一本挿入される。
「んぅ……っ」
異物感。
でも、嫌じゃない。
ケントの指は、レオの中の熱を探るように、優しく内壁を押す。
二本、三本。
少しずつ、指が増えていく。
時間をかけて、じっくりと広げられる。
奥の、一番敏感な場所。
そこを的確に、指の腹でこすり上げられる。
「あ、ぁッ! そこ、だめ……っ」
声が、抑えきれない。
唇を強く噛んで、必死に耐える。
でも、鼻にかかった切ない喘ぎが、吐息とともに漏れ出る。
「んんッ……! は、あッ……」
ケントの顔が近づく。
レオの唇を深く塞ぐ。
漏れ出る喘ぎ声を、すべて飲み込んでいく。
深い、深いキス。
頭の中が、真っ白に染まっていく。
とろけるような快感だけが、全身を支配する。
準備は、十分に整った。
ケントが、自身の熱くて硬いものをあてがう。
「入れるよ……レオ」
「ん……っ、きて……はやく……っ」
ゆっくりと。
本当に、ゆっくりと。
一回を噛み締めるように。
少しずつ、ケントが侵入してくる。
「あ、あぁ……ッ」
内側が、隙間なく押し広げられていく。
ケントの熱が、入り込んでくる。
奥の奥まで。
一番深いところまで。
「はぁ……っ、レオ、中、すげぇあったかい……っ」
「けんと、あッ、おおき、い……くるし、……っ」
完全に、繋がった。
ケントが、じっと動かずにとどまる。
お互いの体温が、内側から直接混ざり合う。
鼓動が、一つに重なる。
数秒の濃密な静寂。
そして、ケントがゆっくりと腰を引き始める。
「あ……ッ」
引き抜かれ、また一番奥まで叩き込まれる。
ゆっくりとした、深いピストン。
乱暴な激しさはない。
でも、その一回一回のストロークが、恐ろしいほど重い。
「は、あッ! あぁ……ッ」
深い摩擦。
芯を的確に抉られるたび、目の前がチカチカと明滅する。
レオの目は、生理的な涙で潤んでいた。
快感と、愛情と、満たされる安堵。
いろんな感情が混ざり合って、どうにかなりそうだった。
「けんと……っ、すき、あッ……すき……っ」
「オレも、レオ……愛してる」
言葉の代わりに、キスが降ってくる。
何度も、何度も。
汗ばんだ額に。
涙で濡れた頬に。
熱い唇に。
腰のストロークが、少しずつ速くなる。
深く、重く、激しく。
シーツの擦れる音と、肌のぶつかる水音が部屋に響く。
「ひ、あッ! あ、あぁッ!!」
声を殺すことが、もうできない。
シーツを強く握りしめる。
ケントの広い背中に腕を回し、しがみついて爪を立てる。
「んん……ッ! いく……、けんと、おれ、も、いく……!」
レオの体が、大きく弓なりに反る。
限界だった。
目の前が真っ白に弾け、熱い白濁がレオ自身の腹を汚す。
「レオ……っ!!」
ケントも、低く唸る。
一番奥に深く突き入れたまま。
熱いものが、レオの最奥に一気に放たれる。
「あ、あぁぁ……ッ」
ドクン、ドクンと。
内側で脈打ち、熱が広がる感覚。
レオは、完全に脱力してベッドに深く沈み込んだ。
ケントが、レオの上に重く崩れ落ちる。
苦しいほどの重み。
でも、その重さがたまらなく愛おしかった。
荒い呼吸が、静かな部屋に響く。
汗ばんだ肌が、ぴったりと張り付いている。
外では、午後の日差しが少しずつ傾き始めていた。
しばらくして。
ケントがゆっくりと抜け出す。
一瞬の空虚感。
でも、すぐにケントの強い腕がレオを包み込んだ。
ベッドに横並びになる。
乱れたシーツを引き寄せて、二人でくるまる。
ケントの大きな手が、レオの細い指を絡め取る。
指と指の間に滑り込ませ、ぎゅっと、強く手を繋ぐ。
「……疲れた?」
ケントが、レオの湿った前髪を撫でながら、優しい声で聞く。
「うん。……でも、幸せ」
レオは、ケントの胸に顔を埋めた。
トクトクと、規則正しく力強い心臓の音が聞こえる。
世界で一番、安心する音。
「明日の体育祭、レオは何出るんだっけ」
「綱引きと、玉入れ、あと何か……ケントは?」
「オレはクラス対抗リレーと、綱引きと、あといろいろ」
「怪我しないでよ」
「大丈夫だって。オレの運動神経舐めんな」
指を絡ませながら。
なんてことのない、日常の会話。
甘いピロートーク。
体は酷く気怠いけれど、心は完全に満たされていた。
このまどろみの時間が、永遠に続けばいいのにと思う。
外の空が、少しずつオレンジ色に染まっていく。
部屋の隅に、長い影が伸びる。
「……そろそろ、起きよっか」
「夕飯、作らないとね」
二人は、名残惜しそうにゆっくりとベッドから起き上がる。
一緒にシャワーを浴びて、汗を流す。
一階に降りる。
キッチンに立つ。
冷蔵庫を開けて、二人で食材を物色する。
「今日はチキンソテーにしようか」
「オレ、チーズ乗せたい」
そんなことを言い合いながら。
玉ねぎをみじん切りにする音。
ひき肉をこねる音。
隣には、ケントがいる。
動くたびに、肩が触れ合う距離。
ショウとリサが帰ってくるまで、あと少し。
二人だけの、甘くて濃厚な休日の午後は、静かに溶けていった。
明日からはまた、騒がしくて、でも楽しい日常が始まる。
でも、今日だけは。
この甘い温もりの余韻を、もう少しだけ、胸の奥で引きずっていたかった。
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