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第50話 ささやかなクリスマス
十二月二十四日。 街はすっかりクリスマス一色だった。
駅前には巨大なツリーが飾られ、青や金のイルミネーションが夜を彩る。
カップルたちは楽しそうに手を繋ぐ。
子どもはサンタの話で盛り上がっていた。
しかし、水澄レオには余裕がなかった。
櫻井ケントにも、浮かれる余裕はない。
二人は高校三年生だ。大学受験の本番まで、あと少し。
恋人同士である前に、受験生だったのだ。
さらに今年は、特別な事情があった。
姉のリサのお腹が、膨らみ始めている。新しい命が、そこに宿っていた。
例年なら、リビングにツリーを飾る。
レオが何日も前から仕込みをする、凝った料理を並べるのが恒例行事だった。
けれど今年は違う。
レオもケントも、受験勉強に追われている。そして妊婦のリサに、無理はさせられない。
事前の家族会議で、結論は出ていた。
「今年は出来合いのもので済ませよう」
チキンとケーキだけは予約してある。それだけでも十分だという話になった。
当日の午後。短い息抜きとして、二人は外に出た。
近所のスーパーへの買い出しだ。冷たい冬の風が、頬を刺す。
「ポテトサラダでいいかな」
レオがパックを手に取る。
「いいと思う。リサも好きだし」
ケントが穏やかに微笑んだ。
「こっちのマリネも美味しそうだよ」
「チキンの箸休めに合いそう」
惣菜売り場を、肩を並べて歩く。
二人でかごに商品を入れていく。
クリスマス仕様の華やかなパッケージ。
それを見ているだけで、少し楽しかった。
「これ、リサさん食べられるかな」
レオが立ち止まり、ラベルを見つめる。
シーフードマリネだった。
「どうだろ。……ナマモノは入ってないぽい」
ケントも一緒に覗き込む。
「火が通ってるなら大丈夫かな」
そんな他愛ない会話が、心地よかった。
最後に飲み物コーナーへ向かった。
レオがふと、足を止める。シャンメリー。緑色のボトルが並んでいた。
「今年も買う?」
ケントの問いに、レオは少し考えた。
そして、小さく頷く。
「せっかくだし、一本だけ」
かごの中に、ボトルをそっと入れた。
それだけで、クリスマスらしくなった。
夜。ささやかなクリスマスパーティーが開かれた。
チキンもケーキも、美味しかった。
リサは終始楽しそうに笑っていた。ショウも、穏やかな顔だ。
温かい家族の時間は、あっという間だった。
けれど、受験生に長い休憩は許されない。
「じゃあ戻るか」
「うん」
レオとケントは、早々に自室へ戻った。
机に向かい、今日のノルマと向き合う。
過去問を解き、参考書を読み返す。間違えた箇所を、何度も見直す。
時計の針が進む音だけが静かに響いた。
やがて予定していた勉強を終えた。
ケントが先に風呂へ向かう。その後、レオも入浴を済ませた。
パジャマに着替え、髪を乾かす。時計の針は、もう深夜に近かった。
ベッドに入る前に、参考書を片付ける。
コンコン。
静かな部屋に、小さなノックが響いた。
「どうぞ」
ドアを開けると、そこにはケントがいた。
「メリークリスマス」
ケントが少し照れくさそうに笑う。
彼の手には、小さな紙袋があった。
「え?」
「大したものじゃないんだけど」
レオは驚きながら、中を覗いた。
受験用のマークシート鉛筆のセット。
そして、新しいスマホケースだった。
どちらもレオが普段から使うものだ。
「受験頑張ろうって意味と……」
ケントが恥ずかしそうに頭を掻く。
「ケースはいつも手元に置いてほしいから」
レオは思わず、ふっと笑い声をこぼした。
「ありがとう」
心の底から、本当に嬉しかった。
決して高価なブランド物ではない。
でも、自分のことをちゃんと見てくれている。
それが伝わってきて、胸が熱くなった。
「実はおれも、あるんだ」
「え?」
今度はレオが、引き出しを開けた。小さな箱を取り出し、彼に差し出す。
「はい」
中には、落ち着いた色合いのハンカチ。手触りの良い、少しだけ上質なものだ。
ケントが好きそうなデザインを選んだ。
「これ……」
「受験が終わっても、ずっと使えるでしょ」
ケントはしばらくそれを見つめていた。
やがて、心底嬉しそうに破顔した。
「ありがと。大事にする」
二人の間に、静かな沈黙が落ちる。
本当なら。クリスマスという特別な夜だ。
もっと浮かれて、恋人らしい時間を過ごしたい。
手を繋いで、外に出かけたり。
綺麗なイルミネーションを見たり。
甘い快楽を求めて、セックスしたり。
でも。
受験が終わるまでは我慢すると決めた。お互いの、大切な未来のために。
だから、これでいい。そう自分に言い聞かせていたのに。
「レオ」
「ん?」
「ハグは、セーフ?」
真面目な顔で聞いてくるケント。
レオはたまらず吹き出しそうになった。
「……うん」
小さく頷き、腕を広げる。
次の瞬間。ぎゅっ、と強い力で抱きしめられた。
久しぶりの感触だった。
肩越しに伝わる、彼の温かい体温。
胸の奥で重なる、二人の鼓動。
トクトク、と規則正しく響く音が聞こえる。
温かい。
今は、それだけで十分満たされた。しばらくそうして、身体を離す。
「元気出た」
ケントがすっきりとした顔で笑う。
「おれも」
レオもつられて、小さく笑った。
あと少し。本当にあと少しの辛抱だ。
受験本番まで、駆け抜けるだけ。
「おやすみ」
「おやすみ」
別れ際。
ほんの一瞬だけ、顔を近づける。
唇が触れる程度の、短いキスを交わした。それだけで、胸が熱く焦がされる。
ケントは名残惜しそうに手を振った。そして、自分の部屋へ戻っていった。
ドアが静かに閉まる。
一人になった部屋。
レオは新しいスマホケースを手に取った。
受験は孤独な戦いだと思っていた。でも、今は全く違う。
同じように壁に挑む人がいる。隣で一緒に戦ってくれる恋人がいる。
それが不思議なくらい、心強かった。
レオは小さく微笑む。
灯りを消し、ベッドへ潜り込んだ。
来年のクリスマスは、きっともっと自由だ。ゆっくりと甘い時間を過ごせるはず。
そんな光に満ちた未来を思い描く。レオは静かに、目を閉じた。
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