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第58話 最後の制服

 三月の、柔らかな風。窓の外には、薄紅色の桜の蕾。  卒業式が終わり、高校生活は、完全に過去になった。  部屋の中は、段ボールの山。  二人暮らし。新しい生活。そのための、引越しの準備。  四月からは、いよいよ大学生だ。  レオは、床に座り込んでいた。荷物を、一つずつ分類する。  ふと、クローゼットを見る。そこに、まだ制服が掛かっていた。  見慣れた、紺色のブレザー。毎日着ていた、ズボン。ストライプの、ネクタイ。  ケントが、重い段ボールを運びながら声をかける。   「それ、どうする?」    レオは、静かに振り返った。   「置いていくつもり」 「え、持ってかないの?」 「うん。引越し先は狭いし」  荷物は、少しでも減らしたい。   「置いていく。それに、まあ」    レオは、少し寂しそうに笑う。   「この先、もう着る機会もないしね」  その言葉を、ケントは聞いた。動きを、止めた。  琥珀色の瞳が、怪しく光る。ふと、何かが頭に浮かんだ顔。  悪ガキのような、企む笑みを浮かべる。 「じゃあさ」 「何?」 「最後に、あれやろうぜ」 「あれって?」    ケントが、一歩近づく。   「制服で、えっちしよ」  レオは、完全に固まった。  手に持っていたガムテープが、床に落ちる。  信じられない、という目。  バカじゃないの、という顔。  冷ややかな視線を、真っ直ぐにケントへ向けた。 「……何言ってるの、変態」 「いいじゃん、最後だし」 「却下。絶対に嫌」 「お願い。一生のお願い」 「一生のお願い、何回目?」  ケントは、手を合わせる。  本当に、期待に満ちた目をしている。  その真っ直ぐな熱意に、レオはいつも通り、勝てなかった。  夜。部屋の明かりは、間接照明だけ。  段ボールの影が、壁に大きく伸びている。  レオは、しぶしぶ着替えた。鏡を見る。  なんだか、不思議な感覚。  数日前まで、毎日着ていたはずなのに。 「……なんか、変な感じ」    ドアを開けて、ケントの部屋へ行く。  そこには、同じように制服を着たケントがいた。  ケントが、まじまじとレオを見る。   「なんか、新鮮」 「うるさい。もうコスプレになるのかな、これ」 「まだセーフだろ。一応、三月中だし」  ケントが、笑う。  でも、その目は少しだけ、いつもより熱い。  二人は、ベッドの端に並んで座った。  ブレザーの袖が、擦れ合う。  いつもと違う、少し硬い布の感触。  それが、妙に緊張感を煽る。  ケントの手が、レオの頬に触れた。   「レオ」    低い、掠れた声。   「ん……」  いつものように、キスが始まる。  唇が、そっと重なる。柔らかい。温かい。  何度も、角度を変えて食む。  ちゅ、と、静かな部屋に水音が響く。  ケントの舌が、滑り込んできた。レオは、素直に口を開く。  舌が、絡み合う。お互いの唾液が、甘く混ざり合う。  息が、少しずつ荒くなっていく。  ケントの大きな手が、レオの背中に回る。  ブレザーの上から、強く抱きしめられる。  硬い生地。その奥にある、ケントの力強い鼓動。  レオは、ケントの首に手を回した。  いつも通りの、愛撫。いつも通りの、心地よさ。  ケントの指先が、レオのシャツのボタンを外していく。  一つ。二つ。白い肌が、露わになる。  鎖骨に、熱い唇が押し付けられた。 「ん、ぁ……っ」    レオの口から、小さな吐息が漏れる。  まだ、いつもの温度。  甘くて、優しい時間。    しかし、ケントの様子が徐々に変わっていく。  視線が、鋭くなる。  はだけたブレザー、乱れたシャツ。  その隙間から見える、レオの白い肌。  制服の持つ生真面目さと、レオの艶っぽさ。  そのギャップが、ケントの理性を狂わせる。  ケントの呼吸が、明らかに荒くなった。   「レオ……それ、やばい」 「え……っ?」  答えを聞く前に、ケントの手が動いた。  レオの首元に結ばれていたネクタイ。  ケントはそれを、乱暴に緩めた。  一気に、引き抜く。 「ケント……?」  レオが、潤んだ目で見上げる。  ケントはレオの両手首を掴み、頭の上へ押し上げる。  そして、引き抜いたネクタイを、その手首に巻き付けた。 「ちょっと……何、するの……っ」 「動かないで」  手首が、きつく縛られる。ネクタイの布地が、肌に食い込む。  抵抗は、できなかった。自由が、奪われる。  ベッドに、押し倒される。  ブレザーが、大きくはだける。下着が、床に落とされる。  冷たい空気。でも、触れるケントの体温は、火傷しそうなほど熱い。  準備は、手短だった。  ケントの指が、レオの奥を解していく。   「あ、んっ……ぅ、あ……っ」  短い前戯。焦るような、ケントの熱情。  すぐに、指が抜かれる。  代わりに、硬く熱い質量が、入り口に押し当てられた。 「入れるぞ」 「待っ……んんぅッ!!」  一気に、最奥まで貫かれる。  圧倒的な、質量。内側の壁が、無理やり押し広げられる。 「あッ……! ん、んんーっ!」  レオは、声を殺そうと、奥歯を噛み締めた。  いつもなら、シーツを強く掴める。  ケントの広い背中に、爪を立ててしがみつける。  それで、押し寄せる快感を、痛みを、逃がすことができた。  感覚を、分散させられた。でも、今はそれができない。  両手首は、頭の上で縛られている。何にも、触れることができない。  快感を、逃がす場所が、どこにもない。 「は、あ……っ、け、んと……っ」    内側を、容赦なく抉られる、激しいピストン。  パァン、パァンと、肉のぶつかる音が響く。  ブレザーの生地が、シーツと擦れて、騒がしい音を立てる。  快感が逃げ場を失い、レオの身体の中に、どんどん溜まっていく。  脳が、真っ白になる。  逃げ場を求めて、レオの腰が、いつもより激しくうねった。  無意識に、ケントのペニスを強くだらしなく締め付ける。 「ん、ぁあッ! あ、そこ……だめ、っ」    我慢しようとしても、無理だった。  鼻の奥から、切ない喘ぎ声が漏れ出る。  激しく、高く、震える声。 「レオ、やべぇ……。中、すげぇ締まる……っ」    ケントの顔も、余裕がない。  汗が、レオの胸元に滴り落ちる。  ケントの動きが、さらに激しさを増す。深く、激しく、容赦なく。  レオの頭が、ベッドの上で左右に振れる。  乱れた亜麻色の髪。涙で濡れた、睫毛。  ふと、ケントが自分の首元に手をやった。  自分のネクタイを引き抜き、それを、レオの顔に近づけた。 「ケント……いや、何……っ」    視界が、恐怖と期待で揺れる。   「目、隠すから」 「だめ……見えな、いのは……っ」 「いいから」  拒絶は、聞き入れられない。  滑らかなネクタイの布地が、レオの目を覆う。  後ろで、きつく結ばれる。  視界が、一瞬で完全な暗転を迎えた。  何も、見えない。真っ暗な、世界。  その瞬間、レオの五感が、狂ったように跳ね上がった。  視覚を奪われた身体は、他の感覚を異常なほどに研ぎ澄ます。  ケントの、荒い息遣い。ブレザーが擦れる、微かな音。部屋を包む、体液の匂い。  そして、何よりも。  肌に触れる、ケントの熱。内側を貫く、圧倒的な硬さ。 「あッ……!! ひ、あ……っ!」    どこから衝撃が来るか、分からない。  いつ、深く突かれるか、予測できない。  暗闇の中から、突然襲ってくる、強烈な快感。  内側の、一番敏感な場所を、ピンポイントで何度も押し潰される。   「は、あ、んぅッ……! けんと、そこ、あぁッ!!」  声が、完全に決壊した。切なく、激しい鳴き声が、部屋中に響き渡る。  我慢することなんて、もう不可能だった。漏れ出る声は、甘く、高く、震えている。  何も見えない恐怖。それを上回る、圧倒的な快楽。  レオは、暗闇の深海に、深く沈んでいく。 「あ、あ、んっ、うそ……、い、っちゃう……っ」    手首のネクタイを引っ張るように、両手を悶えさせる。  けれど、逃げられない。  ケントの大きな手が、レオの細い腰を、ガチリと固定した。  逃がさない、という強い意志。 「一緒にいこう、レオ」    耳元で、低く、熱い声。 「ん、あぁあッ――!!」  ケントが、最奥を激しく打ち据える。  その瞬間。レオの身体が、大きく弓なりに跳ね上がった。  視界のない暗闇の中で、一際鮮やかな閃光が弾ける。  手足が、細かく痙攣する。熱い液体が、レオのペニスから、お腹へと勢いよく吹き出した。  同時に、ケントの腰も強く押し付けられる。  どくどくと、焼けるような熱が、レオの内側の最奥に、何度も大量に注ぎ込まれた。 「んんんーっ!! ぁ、あ……っ……」    レオは、声を枯らして、最後の息を吐き出した。  頭の中が、完全に真っ白なまま、心地よい痺れに包まれていく。  静寂の中。荒い二人の呼吸だけが、重なり合う。  ケントの重い身体が、レオの上に重なってくる。  繋がったままの、熱い余韻。  しばらくして、ケントの手が伸びた。  レオの目を覆っていたネクタイが、優しく外される。  眩しさに、レオは何度かまばたきをした。視界が戻る。  目の前には、愛おしそうに自分を見つめる、ケントの顔。  次に、手首のネクタイも解かれた。自由になった両手。  手首には、うっすらと赤い跡がついている。  ケントは、その赤くなった肌に、すまないように優しくキスをした。 「……悪かった。でも、めちゃくちゃエロかった」    ケントは、満足そうに、へらりと笑う。レオは、疲れ切った身体で、大きく息を吐いた。  ブレザーはシワだらけ。シャツははだけて、胸元にはキスマーク。散々な状態だ。  レオは、半目の、完全に呆れた顔でケントを睨みつけた。   「……最低。本当に、変態。バカ」 「も、レオも気持ちよかっただろ?」 「それは……言わない」  レオは、赤くなった顔を隠すように、枕に顔を埋めた。  ケントは、そんなレオを愛おしそうに抱きしめる。  シワになった制服の上から、ぎゅっと。  そして、頭の中で、密かに次のことを考えていた。   (大学生になったら、今度はどんな格好でしようかな……) (スーツもいいな。それとも、……?)  レオは、ケントの胸の中で、その企むような気配を察した。   「……今、ろくでもないこと考えてるでしょ」 「別に? 何も?」 「嘘つき。もう、二度とやらないからね」  「まあまあ」と笑いながら、ケントはレオの髪にキスを落とす。  段ボールに囲まれた、少し狭い部屋。  高校生最後の、特別な夜。  二人の間には、呆れ声の裏にある、甘くて深い幸福感だけが、いつまでも満ちていた。

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