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第11話 セーフハウス*
誰かが後ろに立っている。
曖昧な意識の中で、ユオシェンはそんな感覚を抱いていた。
その誰かは、何を言うこともなくただ背後に立ってこちらを見つめているだけだ。そこには好意も悪意も感じられず、ただそこにあるだけの存在。
振り向けばそれが何なのかは分かるはずだ。だけどその選択をすることがユオシェンには何故か酷く恐ろしいことのように思えた。
ズキン、と頭が痛む。何も言わない『彼』が自分を見ている。怖い。振り返りたくない。なかったことにしたい。
眼前にかかった靄を振り払うような気持ちで、目を勢いよく開き、助けを求めようと息を吸う。
「はっ、けほっ……! はぁっ、はぁっ、はっ………」
瞼を持ち上げた先に広がっていたのは、見覚えのある平凡な天井だった。
ずっと息を止めていたかのような息苦しさを何度も深呼吸をしてやり過ごし、ユオシェンは体を起こす。
そこは、シイナがいくつか所有しているセーフハウスのうちの一つだった。
後ろ暗い稼業のせいで、シイナは特区の中にいくつかのセーフハウスを持っている。その内の一つに自分は寝かされていたのだと悟り、ユオシェンは意識を失う直前のことを思い出そうとする。
「俺……たしか、誘拐されて、ひどいことさせられて、それで……」
ぽつりぽつりと記憶を舗装するように事実を口にする。悪夢のようなあの時間の末、自分は自ら命を断とうとしたはずだ。だけど現実として自分は生きている。
記憶の齟齬で頭が混乱したが、きっとシイナが何かをして自分を助けてくれたのだという結論に至った。
そこまで現状を把握し、ユオシェンはシーツに顔を埋めて唸り始める。
「うう……最悪だよ……。シイナに迷惑かけて、ひどい姿見られて……」
罪悪感と自責の念で、いっそ死んでしまいたい気分だった。
だけどせっかく生き残ったというのに、そんなことを言ったら、余計にシイナに嫌われる。いや、あんな風に他の男の命令で乱れ狂う自分を見て、シイナは俺にきっと呆れている。もしかしたらそれを通り越して嫌いになってるかもしれない。
「シイナっ……!」
衝動的にベッドから飛び出して、シイナの姿を探しに行こうとする。しかし、ドアに貼られていた張り紙を見て、ユオシェンの足はぴたりと止まった。
――ベッドで寝ていろ。
あの仏頂面で厳しく命じられた気分になって、ユオシェンはしょんぼりと肩を落としながら素直にベッドに戻る。
大丈夫。こうやって書き残してくれてるってことは、シイナは俺を見捨てていないはず。でも、もしもう二度とシイナが戻ってこなかったらどうしよう。俺なんてもういらないって、他の男に下げ渡したりしたら。ううん、シイナはそんなことしない。しない、はずだ。
そんな最悪な想像がぐるぐると頭の中を回り、ユオシェンはベッドの上で丸くなる。
飼い主に置き去りにされて、情けなく鳴いて助けを呼ぶ堪え性のない馬鹿犬みたいな気分だった。シイナが戻ってくるのは分かっているのに、心細くてどうしてもぐすぐすと涙が出てしまう。
別のことを考えよう。それか、もう寝てしまおう。
シーツを被り直し、目を閉じて縮こまる。隣に愛しい恋人がいないと寝たくないというわがままな気持ちと、そんなことを言う権利は己にはないという気持ちでまた涙が溢れた。
何度も寝返りを打ち、姿勢を変えているうちに妙に体が火照り始める。空調のせいかと思い確認したが、室温は適温だった。
なんだかおかしい。このままじゃよくない。
熱でもあるのかと体温計を脇に挟もうとする。だがその拍子に服が胸の先端に擦れ、甘く鋭い刺激が全身を駆け抜けた。
「ん、ぁああっ………!?♡♡♡」
軽く絶頂して震える手で、パジャマのボタンを外して己の胸元を確認する。そこにはずっとクリップで挟まれていたせいで痛々しく充血した乳首が、両胸の先端で存在を主張していた。
どこからどう見ても、擦れたら痛みを感じるはずの見た目をしているというのに、先ほど偶発的に刺激した時に走ったのは強烈な快感で、困惑しながらも自然と右手の指は胸の先端へと迫ってしまう。
恐る恐る、つんっとつつくと、熱を持った痛みと同時にそれ以上の快感が走り抜け、ユオシェンは腰をがくがくと震わせながら再度絶頂する。
「ひ、んっ……こ、これ、まさかっ……♡」
あの乱暴な男たちの言っていたことを思い出す。ぼんやりとした記憶だが、確か、痛みを快楽に変換させる媚薬とか言っていた。まさか、それがまだ自分の体の中に残っているんじゃないか。
「はぁ、はぁっ……はぁっ……♡」
一度自覚してしまうと勢いは止められず、ユオシェンの体の奥底から猛烈なもどかしさが這い上る。
特に痛みを覚えているはずの乳首からの痒いような熱いような感覚が酷い。空調の風が当たるだけでもそこから快楽を拾ってしまい、少しでもたくさんの刺激を得ようと無意識のうちに胸を張って求めてしまう。
「こ、これ、まずいっ……♡なんとか、しなきゃっ……♡♡」
熱い息を吐きながら必死で考える。
そうだ。あいつらはイキ狂えばいずれ収まるみたいなことを言っていた――はずだ。
曖昧な記憶を手繰り、この疼きから解放される手段の候補に思い至る。
もう我慢できない。イキ続ければこれが終わるなら、気持ちよくなるしかない。仕方ないんだ。
「はぁっ、はぁっ……♡」
赤く熟れた乳首に指を近づける。期待で息が荒くなり、その様子を凝視してしまう。
しかしその指先が乳首に触れそうになったその時、突然、部屋のドアが開けられた。
「ユオシェン、具合は……」
「あっ……」
入ってきたシイナとユオシェンははっきりと目が合ってしまう。ユオシェンは一気に青ざめた。
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