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第29話 全ての始まり*

 男の抱き方は知識としては知っている。この人形を一時的に引き受けると決まった後、可能な限り情報を集めて頭にたたき込んだ。  男を抱く趣味のある組の人間に事情を伏せて相談し、どう抱けばお互い気持ちよくなれるのかも教えてもらった。  だが今からやらなければいけない行為の本質は征服だ。相手を気遣う必要はない。いや、気遣ってはいけない。自分本位に欲をぶつけてこちらの方が上なのだと教え込まなければいけない。  だとすれば、前戯は不要だ。痛みと苦しみをこの人形に与えなければならないのだから。  服を剥ぎ取り、改めて人形の肢体を見下ろす。これまであらゆる方法で搾取されてきたと思われるその体には、大小様々な傷が残されており、それがつけられた経緯に思いを馳せるだけでシイナのみぞおちに不快感が集まった。  今から自分はこの傷をつけた連中と同じ、クズに成り下がる。激しい自己嫌悪に見て見ぬふりをして、シイナは人形の下半身に手を這わせ、まだ閉じている穴へと己の性器をあてがった。 「……っ、さすがに狭いかっ……」  いつの間にか膨らんで硬くなった己自身を入口に当て、体重をかけるようにして捻じ込んでいく。少しの刺激だけで穴は自ら求めるかのように入口を開き、ほぐしていない内側へとシイナのものは徐々に飲み込まれる。  七割ほど入ったところで、入れることだけに集中していたシイナは、視線を上げて人形の顔を見た。薬のせいか、人形の頬は上気し、仄かに目元も緩んでいるように見える。  その変化をもたらしたのが己ではないという事実に確かな苛立ちを覚え、シイナは人形の足を掴んだまま、猛然と腰を打ち付け始めた。 「……ッ、ぁ、ぅ………」  突かれるたびに持ち上げられた空気が喉を通り、喘ぎ声にも満たない呻きとなって部屋へと響き渡る。  荒い息づかい、ベッドのスプリングが軋む音。情動の感じられない声が鼓膜を揺らし、シイナは頭がおかしくなってしまいそうなほどの激しい感情に襲われる。  心から欲しいと思ったものを犯している。一方的に、暴力的に、ただ奪うために陵辱している。結局のところ、この人形は自分のものですらないのに。  悔しい。腹立たしい。自分のものにしたい。こちらを見てほしい。 「ぁ……ァ、ぁ………」  いくら揺さぶっても人形は虚空を見つめたままだ。その視線はこちらに向けられていない。目の前にいて、こんなに肌を触れあわせているのに、彼の目には自分が映っていない。 「くそっ、くそっ……!」  歯を食いしばり、荒れ狂う感情のままに内側を突き続ける。 「こっちを見ろ、『偶人(オゥレン)』っ……お前の主人は俺だっ……今は、俺のものなんだっ……!」  人形の顔を覗き込み、表情を歪めながら言い聞かせる言葉を吐く。人形の視線が揺れ、はっきりとシイナへと向けられた。 「ご、しゅじ、さまァ……?」  その瞬間、シイナの内側でギリギリで耐えていた何かが崩落し、彼はほとんど無意識のうちに口を動かしていた。 「お前の持ち主は俺だ」 「お前と俺は恋人だ」 「お前は俺を愛している」  言ってはいけない欲望が勝手に声となって、人形の内側へと注ぎ込まれていく。ダメだ、こんなことしちゃ、こんなの組への裏切りだ、今からでも訂正しないと、でも。  繰り返し言い聞かせるうちに、人形の吐息には熱がこもり始め、ただのうめき声でしかなかった嬌声が艶やかな響きを帯び始める。 「あっ…♡ ァ、んッ、あっ、あ……♡」 「恋人だ。俺たちは恋人なんだ」 「は、い……んっ、ああっ♡ こいびと、です……♡」  言われたことをそのまま飲み込んで繰り返しているだけだというのに、人形に愛を肯定されるたびに形容しがたい多幸感が背筋を駆け抜ける。  今だけだから。この一回の行為は気の迷いで、次からはきっとうまくやるから。  そんな言い訳を脳内で並べ立て、自分を正当化する。この一回で終わるわけがないと、冷静な自分が囁いている。 「ア、あぁっ♡ ん、うぁ♡ あっ、あっ♡♡」 「出すぞ、全部受け取れよっ……!」 「ンぅ、あぁあーーあ、ぁっ………♡♡♡」  己の欲を内側にぶちまけると、ほぼ同時に甘い声を上げながら人形は絶頂した。足の指をきゅっと丸めて数度痙攣し、脱力してベッドへと体を落とす。性器からも薄い精液が僅かに飛び出ていた。 「はぁっ、はぁっ……」  やってしまった。もっと言い聞かせるべきことはあったのに。我欲を優先して、身勝手なことばかりを吹き込んでしまった。  自分をコントロールできなかったという事実に愕然とし、シイナは何も出来ずに動きを止める。その時、絶頂の余韻から抜け出した人形が、はっきりとシイナを見た状態で口を動かした。 「ダーリン……?」 「え……」 「ダーリン、だいすき……」  それは、人間だった頃の遠い記憶から引きずり出した呼び方だったのかもしれない。恋人に呼びかける時にそう言うように、前の主人に言い聞かせられたのかもしれない。  ふわりと微笑んだその顔はもはや魂の抜けた人形などではなく、愛しい人とのセックスを終えた直後の血の通った人間そのものとして、シイナの目に映ってしまった。  シイナは何度も浅く息をして、彼の視線を受けとめる。こちらを恋人と認識して、その通りに振る舞う彼に対して、高揚を覚えてしまう自分に嫌気が差す。  だけど蕩けるような声色でかけられたその言葉を否定することが、シイナには結局できなかった。彼は、泣き出しそうなのを堪えるような顔で、小さく口を動かした。 「……俺も、愛してるよ。ハニー」  情動などないはずの人形が、本当に嬉しそうに目を細める。シイナはそこに本物の愛が含まれているように錯覚してしまった。  それが、全ての間違いの始まりだった。

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