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第43話 最後の試練
「……ん、んぅ………?」
微睡みの海から意識を浮上させ、ユオシェンは固く閉じていた瞼をゆっくりと開く。そこは、意識を失う前と同じ密室だった。
ただし、行為で汚れてしまったはずの体は綺麗に清められ、服装も清潔なシャツとズボン姿になっている。
いつもはだらしない格好をしていることが多いユオシェンは、皺一つ無い服に違和感を覚えてしまい、着崩してしまおうかとボタンに手をかける。
だがその直前、ドアを開けて入ってきた男の姿に、慌ててユオシェンはその手を下ろした。
「起きたみたいだな、ユオシェン」
「……ラウのオッサン」
彼と一緒にいる時に良い思い出がないユオシェンは、思わずラウを軽く睨み付けて身構える。ラウは仕方なさそうに苦笑した。
「そう警戒してくれるな。お前の助命のために一番走り回ったのは俺なんだぞ?」
「……アンタが?」
「そうだ。『偶人』の有用性と運用法についてボスに掛け合って、ここに連れてきたのは俺なんだよ。だからそう威嚇する猫みたいな顔しないでくれ。俺もその……ちょっとは傷つくんだ」
物の例えで言った通り、ラウはまるでエサをやった野良猫に威嚇された男のような、どこか情けない顔で息を吐く。
ユオシェンは警戒を緩めないまま、ラウの顔をじっと見上げた。
「どうしてそこまで俺のために動いてくれたの? そんな義理、アンタにないよね?」
「お前のためじゃない。シイナのためさ」
「……可愛い弟分だから?」
「そうだ。だがそれ以上に、シイナはウチの組から失うには惜しい人材なんだよ」
人の良い壮年の男の仮面を脱ぎ捨て、ラウは百戦錬磨の獣のような威圧感を帯びた瞳でユオシェンを見据える。ユオシェンは、腹の底から込み上げる震えを悟られないよう、気丈にその視線に応えた。
「シイナはまだ若いが、裏社会の歩き方をよく弁えてる。お前というイレギュラーに魅入られたのには焦ったが……それを逆に力にできるのなら、アイツはこれからもウチの組のために役立ってくれるはずだからな」
「フーン。俺がまるで、可愛い弟分を誑かした悪魔みたいに言うじゃん。先に惚れたのはあっちなんですけどー」
「だが、相思相愛になって離れがたくしたのはお前だろう」
「それはお互い様だし。大好きな人と愛し合うのは普通でしょ? ていうか、何の目的があって俺につっかかるようなこと言ってくんの? らしくないね、オッサン」
ラウと会話したのは数えるほどしかないが、ユオシェンは今のこの会話になんとなく違和感を覚えていた。
余裕たっぷりに優位を保って話すのが常であるこの男が、こんな風に弱みを間接的に晒すような言動をするだろうか。もしかして、何か別の狙いがあってこうして自分と会話をしているんじゃないか。
疑念を素直に口に出し、ユオシェンは腹の読めない大熊のような男を睨み付ける。ラウは僅かに口の端を持ち上げた。
「さぁてね。とりあえず、その反応は合格点だと言っておこうか」
「はあ?」
「そう突っかかるな。……もう少ししたらまた迎えに来る。その時までに、シイナの命令を遂行する覚悟を決めておくんだな」
ラウはそれだけを言うと、ユオシェンの頭を一撫でし、そのまま部屋から出ていってしまった。
「なんなのさ、アイツ……」
一体どういうことなのか。これから下される命令と何か関係があるのか。
ひとしきり考えても答えが出なかったユオシェンは、ベッドに仰向けに倒れ込んで大きく深呼吸をした。
「シイナ……」
心細さを誤魔化すために、この場にはいない愛しい人の名を呼ぶ。
大丈夫。自分は、何があっても命令を成し遂げてみせる。それさえクリアすれば、シイナとの平和な日々を取り戻せるんだから。
――数十分後、宣言通りにラウはユオシェンを迎えにやってきた。ラウの後ろには部下らしき男たちが何人も控えており、彼らに包囲される形でユオシェンは別室へと連れて行かれる。
ラウが先導して向かった先は、建物の地下に続く階段だった。
やけに薄暗いその階段を、緊張で喉をからからにしながらユオシェンは一段ずつ降りていく。階段を一番下まで降りると重厚なドアがあり、そこをくぐった先には――見覚えのある男たちと一台のカメラ、そして男たちの前で銃を握るシイナの姿があった。
「ボス、連れてきましたよ」
「ああ」
男たちの奥に立つボスは短く答えると、緊張した面持ちのシイナへと視線を向ける。シイナはそれに頷いて返し――押し出されるようにして近付いてきたユオシェンへと振り向いた。
「ユオシェン、命令だ」
重々しくシイナが言い、ユオシェンは無言で頷く。ユオシェンの心臓が早鐘を打ち、震えそうになる膝にぐっと力を入れて彼は立ち続ける。
シイナは小さく頷き返すと、手にしていた銃のグリップをユオシェンに向けて、静かに差し出した。
「――この銃で、俺の心臓を撃て」
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