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第44話 迷いなき答え
「…………ぇ」
か細く、ほとんど声になっていない音が喉から漏れる。
目を見開き、氷像のように固まるユオシェンに、シイナは冷たい口調で促した。
「銃を受け取れ。命令だ」
「……は、い………」
勝手に腕が動き、シイナの手から拳銃を受け取る。今までにも何度か手に取ったことがあるはずのそれは、今すぐ手放してしまいたくなるほど冷たく重いものに感じた。
「シイナ、嘘だよね……?」
全身をガタガタと震わせながら、僅かな希望に縋るようにユオシェンは尋ねる。シイナにそれに答えることなく、ただ命令を繰り返した。
「その銃で俺の心臓を撃ち抜け。『偶人』、これは命令だ」
「っ、はい、ご主人様……」
ユオシェンの腕が操られているかのように動き、ぴたりと銃口がシイナの心臓の真上に向けられる。
いやだ、やめて、俺の体を使わないでっ……!
荒れ狂い、混乱する感情で、体を支配するもう一人の行動を必死で遮ろうとする。引き金を引こうとしていた指先が軋むように動きを止め、ユオシェンの体は完全に停止する。
シイナは、覚悟を決めた顔でこちらを見つめてきている。ユオシェンは喪失の恐怖に震えながらも、偶然手に入れたこの猶予を使って思考を懸命に巡らせていた。
落ち着くんだ。何かがおかしい。自分は一体何を試されているんだ。
シイナをこの銃で殺す? いくらこちらを試すためとはいえ、そんなことを本当にさせるのか? 答えは否だ。さっきラウは、シイナの今後に期待していると言っていた。だとすればこれはただのブラフだ。
考えるんだ。彼らは自分に何を求めている? 命令に従うこと? それとも敢えて命令に背くこと? たとえばこの銃には実は弾が入っていないんじゃ――
そこまで辿り着いた思考に、冷酷な認識が割って入る。
いや、入っている。体を支配する『偶人』の経験がハッキリと己に告げている。この銃には、一発だけ銃弾が装填されている。手に伝わる重さで分かる。
顔を歪めて必死で考えるユオシェンに対し、様子を見守っている男たちがひそひそと何事かを語り合う。やっぱり、このまま撃たないのは間違いなんだ。だとすれば、どうすれば――
「……ハニー」
びくん、とユオシェンの体が震える。命令を実行しようとする『偶人』と、抵抗しているユオシェンが、どちらも己を呼ばれたと認識して、同時に意識をそちらに向ける。
「俺の心臓はここだ。よく狙うんだぞ?」
シイナは一歩下がり、自分の心臓の真上をトントンと指で叩く。
「これが最後のチャンスだ。ハニー、今すぐ俺の心臓を撃ち抜け」
力強く、迷いのない目でシイナは、ユオシェンを見る。ユオシェンは――ユオシェンと、『偶人』は、ほぼ同時に同じ判断を下した。
「はい、ダーリン」
手の震えは止まり、銃口はぴたりとシイナの心臓を狙う。引き金が引き絞られ、軽い発砲音とともに銃弾が放たれる。
そしてその銃弾は一ミリのズレもなくシイナが指で示した位置へと到達し――シイナの胸元を、狙い通りに貫いた。
「ッ、ぐ……!」
「シイナっ……!」
胸を押さえてよろめくシイナに、ユオシェンは拳銃を放り出し、顔を青ざめさせて慌てて駆け寄る。シイナは抱き留められる形でそのまましゃがみ込んだが――傷を押さえていたはずのその手には、一滴も血はついていなかった。
「血が出てない……。これって……」
「おめでとう、二人とも。テストは合格だ」
ゆっくりと拍手をしながら、ラウは真意の読み取れない笑みを浮かべる。ボスや他の幹部たちも、それぞれの思惑を表情に出しながらも、ラウにならってまばらに手を叩いた。
シイナはユオシェンに支えられながらもフラフラと立ち上がり、男たちへと頭を下げる。
「ありがとうございます。ユオシェンが正確に命令を遂行したおかげで、命を拾いました」
「えっ……?」
きょとんと目を丸くするユオシェンに対し、シイナはジャケットをめくって自分の胸元に仕込まれていたものを彼に見えるようにした。
「俺の心臓の真上にだけ防弾プレートを仕込んでいたんだ。少しでもお前が迷って狙いが逸れたら死ぬところだった。……ありがとう、ユオシェン。俺を信じてくれて」
「シイナぁ……!」
ユオシェンは目にいっぱいになるほど涙を溜めて、シイナへと勢いよく抱きついた。
「ばかぁ……! こ、殺しちゃったかもって、俺、一瞬ホントにっ……!」
「悪かったよ。この通り、俺は無傷――ごほっ、かはっ……!?」
「シイナ!?」
突然咳き込んだシイナの口から溢れたのは鮮やかな血の赤色だった。そのまま胸元を押さえ、シイナは呻きながら蹲る。
「シイナ、シイナぁっ……!」
涙をボロボロと流して、ユオシェンはシイナの体を何度も揺さぶる。ラウが慌てて指示を飛ばす声がやけに大きく響く。
それを他人事のように聞きながら、シイナは、どうやら折れているらしい己の肋骨の上を苦笑交じりにさすった。
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