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【番外編】Because...I need you
渡り廊下などで、よく一人の男子生徒を見掛けた。休憩時間になるといつも女生徒達に囲まれていた俺は、彼女たちと談笑しながらもその男子のことが気になっていた。
俺よりかは低いけれど、学園の中では高い方のすらりとした身長。漆黒の髪は、襟足は自然に整えられているのに前髪だけ目を隠すように長い。渡り廊下で擦れ違ったときに校庭から吹いて来た風に弄られてその髪が乱れた時に偶然その下の素顔を見てしまい、一瞬見惚れてしまった。
この国にとっては異邦人の俺から見たら、それは綺麗な黒髪の下に切れ長のつり気味の瞳。何事にも興味がないかのようにいつもその視線は外へと向けられていて、誰かと談笑している姿も見たことがなかった。例えて言うなら孤高の黒豹のような、そんなしなやかな美しさを持った存在だった。
「ねえ、さっき手摺に凭れていたヤツってさ」
誰にともなく問いかけると、左腕に両腕を絡ませて自分の胸に押し付けるようにしながら歩いていたクラスメイトの女子が応じた。
「あ、軸谷くんのことー? 私たちと同じエスカレーター組だけどさ、あいつ昔っから女に無愛想だし、友達付き合いもあんまりしてないっぽいよ」
「なんかさー、中等部の頃から暴走族と関係あるとかで皆あんまり近寄らないようにしてるかな。危ないからウォルターも近付かない方がいいよ?」
負けじと右腕を組んでいた隣のクラスの女子が声を潜めて言う。
そんな恐そうには見えなかったけどなと思いながらも、「そうだね」なんて適当に相槌を打ちながら、今度はテレビドラマの話題になって盛り上がっている二人に付き合い、その軸谷という生徒のことは頭の隅に置いたまま何事もなく日々は過ぎていった。
次に見掛けた時もやはり渡り廊下だった。昼休みが終わりそろそろ掃除場所へ移動を始めようかという頃、たまたま俺は一人で歩いてテニスコートの草むしりに向かうところだった。
夏服へと衣替えが終わり目にも涼しげな半袖の開襟シャツを着て、その時初めて誰かと話しているところに居合わせたのだ。
「あのなー、いい加減諦めろよ藤川。俺はもう跳ばねえって決めてんだから」
しっとりとしたテナーが耳に心地良く、吐息と共に吐き出された。
「勿体無いよー! 今からでも入部しようよ、ねっ。夏休みに頑張れば思い出すって」
藤川と呼ばれた女生徒は、すらりと伸びたかもしかのような足の踵を上げたり下げたりしながら食い下がっている。
女子としてはかなり短い部類に入るショートカットに健康的に日焼けした肌。話の内容からしても明らかに運動部所属だろう。それでも少年っぽさはなく、それでいて他の女子のように媚びるところのないフランクな話し方をする子だったので、一目で好感を持ってしまった。
押し問答を続けているところに何気ない様子で近付き、
「俺も見てみたいな、きみが跳ぶところ」
突然話に入って来た俺に、軸谷という男子は怪訝そうに眉を顰め、藤川という子は得たりと両手を打った。
「だよねー! ねえ、ウォルターって呼び捨てでもいいの?」
恐らくは学園で一番の有名人であるはずの俺のことは、当然のように彼女も知っていたようだった。話が早くて助かる。
「いいよ。俺は何て呼べばいいかな?」
「私は藤川理沙。名前でいいよ。こっちの愛想なしは軸谷浩司。去年まで一緒にハイ・ジャンプしてたのに進級してから辞めちゃってさー。ただいま熱烈勧誘中!」
二重のくりくりした瞳を輝かせて、ぱぱっと答えてくる。
勝手に自分の名前まで知らせたことに対して、彼の方はげんなりとした表情で溜息をつき諦めているようだった。
「あのね、軸谷くんのフォームってさーすっごく綺麗なの。姿勢もだけど……何ていうか、バーを越える時にまるで空を抱き締めるみたいに腕がこう、ね」
理沙ちゃんはそれを再現しようと両手を体の前で輪のようにして見せるが、どうもイメージ通りにいかないらしく唇を尖らせている。
「へえ、それはますます見てみたいな~。どうしてやらねえの? 失礼なこと訊くけど、もしかして怪我でもしたとか」
首を傾げて問うと、
「んなんじゃねーけど……。今、部活に入れ込んでる時間ねえんだよ。スポーツなんて一日やらなかったらもう駄目なんだ。何ヶ月も走ってすらねえ俺が、もう戻れるわけねえだろ」
面倒くさそうに、それでもきちんと俺に向かって説明してくれた。
理沙ちゃんにはもう何度も言ってるんだろうな。けど、それでも諦めたくはない何かがあるんだろう。
「ね、そんな感じでいつもツレナイんだよ……」
しょぼんと頭を垂れる理沙ちゃんの気持ちも解るが、彼の気持ちも理解できなくはない。
自分が一度やらないと決めたことに対して何度も言ってこられても、正直鬱陶しいだけだろう。それでも毎回ちゃんと相手をしているのなら、彼にとって彼女は大事な存在なのかもしれない。
「そっか、解った。じゃあその件については俺は諦める」
さらりと言うと、拍子抜けしたような顔で腕組みし、その間に立っている理沙ちゃんは「ええーっ!」と泣きそうな顔をした。
「良き理解者に巡り会えたと思ったのにもう離脱なのー!?」
「まあまあリサちゃん、ちょっと」
おいでおいでと手招きすると、大人しく一歩寄って来る。女子の中では高い方の身長の彼女に少し屈んで耳打ちをした。
「押しても駄目なら引いてみなっていうだろ? そんな風に毎日言ってたら本当に嫌いになっちゃうよ。ハイジャンも、リサちゃんのことも」
「……うぅっ。そうか~」
握り拳を作った彼女は一拍考えた後、しゃきんと背筋を伸ばして俺に向かって敬礼の仕草をした。
「了解! そろそろ掃除場所に行くであります。じゃあまたねー!」
彼の方にも向けて手を振ると、ぱっと駆け出してすぐ近くの階段を駆け下りていってしまった。
今まで周りに居なかったタイプなので呆気に取られて見送り、ふと振り返ると彼がくすりと微笑んでいた。
「相変わらず変なヤツだな」
腕を組んだまま、それは可笑しくて堪らないというのではなくて微笑ましげにといった表情だったので、ああこいつの笑顔いいなあと俺も釣られて口元が綻んだ。
「コウジ?」
「え」
いきなり呼び捨てにしたことに対して驚いたのだろう、目を見開いて凝視される。
「時間っていつなら取れる? 今度一緒にビリヤードでも行こ」
「あー、明日なら……」
その日は金曜日だった。
「んじゃあ授業終わったらここで待ち合わせな」
有無を言わせぬとびきりのスマイルでぽんと肩を叩くと、勢いに負けたのか素直に頷いて。俺は久しく感じていなかった期待感に胸を膨らませながらその場を後にした。
それから週に一、二度は放課後につるむようになった。
浩司が家族に頼まれたものを買うのに付き合ったりもするが、大抵はスポーツセンターの中のボウリングとビリヤードを利用した。
その頃某映画がヒットしたのもあり、ビリヤードは大抵の学生や社会人の男が嗜むスポーツになってはいたが女性でハマる人は少なく、本気でゲームを楽しみたい俺たちには都合の良い場所でもあった。
ボウリングも大勢でも楽しめるし、一人で遣りこむにも向いている競技だ。
隣のレーン同士で、知り合いでもないのに「ナイスボール!」などと声を掛け合い拍手がもらえるのも後腐れのない距離感というか、学校で終始誰かと行動を共にしている俺にとっては気持ちの良い付き合い方だった。
勿論女生徒たちと他愛のない会話をして適当に秋波を受け流すのも嫌いではなかったけれど、そればっかりでは息が詰まってしまう。
浩司がどう思っているかまでは分からなかったけれど、嫌な事は嫌とはっきり言う性格なのもすぐに判ったので、それなりに楽しんでいるんだろうと勝手に解釈した。
街を歩いているとしょっちゅう色んな年齢層の女性に声を掛けられるので、気が乗らないときの断り文句にも持って来いだったし、明らかに「近寄るんじゃねえ」と言わんばかりのオーラを発しているので俺一人の時より逆ナン率は低かった。
それでもそれをものともしないツワモノの女子もたまにはいるんだが……それはまたの機会に話すとしよう。
後になって気付いたことだけど、俺たちが出会ったのは絶妙のタイミングだったらしい。
浩司には幼馴染で親友の本城進がいる。理沙ちゃんに聞いたところによると、それはもう物凄いベタベタ振りで浩司の方が進から離れなかったらしい。
今ではそんな姿は滅多に見掛けないが、どうやらそれは進に彼女が出来てから遠慮するようになったというわけで、その時期浩司の傍に誰もいなかった──そこにたまたま俺が現れた、というところだ。
浩司だって男同士の付き合いが皆無というわけでもない。ただ、校外でまでつるむ仲の生徒が星野原にはいなくて、そこに滑り込むように俺が居座ってしまったという感じだろう。
浩司は当然として、実は俺もそんなに喋りたいわけではない。ただ、処世術として身に着けているし、その他大勢にも不快感を与えないように意識して振舞っているに過ぎない。
だから二人でいるときの沈黙の心地良さというか──少しの間空白があっただけでも慌てて矢継ぎ早に話題を探そうとする人がいるが、そういった変な気遣いの要らない間柄というか──それにきっと俺が病みつきになってしまったんだろう。
そんなこんなで当たり障りなく日々が過ぎて行き、二度目の冬がやってきた。
その夏に海で逆ナンしてきた円華、新菜、翔子の三人。それまでの手合いとは一風変わった彼女たちとの付き合いは、今でも細々と続いている。円華と俺は友人として、新菜と満は恋人として、そして翔子は期間限定で浩司と付き合っていたものの……大方の予想通り今は一人の友人として、それなりに遊んでいるわけだった。
そしてそんな期間限定の期間中に、俺がちょっとした思い付きというか出来心で浩司に手を出して、その時の反応があまりにも良過ぎてずるずるとそういう関係を続けてしまっている。
腰に来るエロすぎる喘ぎ声、脳天を溶かすような熱い吐息、引き締まった肢体に埋めた時のあのえも言われぬ心地良さ。そして何より──野生の獣を手懐けた時のような達成感。
孤高の黒豹を、俺だけが腕の中に抱くことが出来る。そんな征服感と恍惚と。
──いつかするりと身をかわして去っていくのではないかという焦りと不安にも怯えながら。
大切なものなどこの国に作ってはいけない。ずっとそう自分に言い聞かせて過ごしてきた。本国にすら本当の意味での俺の居場所などないけれど、それでも。
いつか帰る日のため、心を残してはいけない。
だから、体だけ──。
あともう少し、傍に居させてくれ。
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