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第六夜 軸谷さんちの家庭の事情

「くっ……そぉーっっ!!」  気合を入れて思い切り引いた太い綱と一緒に飛び込むくらいの勢いで前に踏み込む。  ゴオォォォーーーーン……!!  という馬鹿でかい音と共に、順番待ちをしていた鐘突き堂の周囲の人々が思わず耳を塞ぐ。  びりびりと振動する空気の中、顔を顰めていたウォルターが俺の後ろから話し掛けてきた。 「浩司……除夜の鐘って、そんなに力いっぱい打つもんなのか?」  ふんっ、と鼻息も荒く振り返った俺の視界には、ふるふると首を横に振るギャラリーの姿が目に入ってきた。  まあ、これで少しはすっきりしたので、俺は「次どうぞ」とそのまま綱をウォルターに渡した。もう何回かやりたいところだけど、鐘突きは基本的に一人一回と決まっている。その為に皆こうして並んで待っているわけで。  手に持ってしばらく考えてから、ウォルターは俺よりかは控えめに、それでも軽くはなくちゃんと街中に響く程度には打ち、こちらはほくほくした表情で肩を並べて階段を下りた。  境内に戻ると甘酒が振舞われていて、二人してそれを受け取り隅の方へ移動してから一息つく。 「うま……」 「おー、初めて飲んだ。旨いな、酒とは思えないけど」 「ん、確か麹から作ってるからアルコール分は無かったと思う。名前に酒が付いてるだけ」 「へえ」  自宅で作らなくなって何年だろう。俺だって久し振りに飲んだ気がする。小学生の頃以来じゃねえかな。  鐘突き堂よりは下になるが、ここだって家が建っている平地からは随分と高い。石垣まで寄って行って下を覗き込むようにして眺めてみる。流石に大晦日だけあり、普段より明かりの点いている家が多いように思う。  外気に晒されている肌は冷たいけれど、体の芯がぽかぽかと温もってきた。甘酒効果すげー。疲れていることもあり、今すぐここで寝ても構わないくらい頭の中がふわあっとしてきた。 「おいおい、浩司。大丈夫かよ」  先に紙コップの中身を干して屑入れに捨ててきたウォルターが隣に並んだ。 「んー?」 「あ、やっぱり眠そう。まあ仕方ないか……今週ずっと撮影だったもんな」 「おー。いつかあの二人に俺は殺される……過労死する。ひでえ……」  石垣に両肘を乗せてその上に顎を載せた。  あの二人──そう、うちの鬼母と鬼姉。  冬休みともなれば大抵のやつは朝はゆっくり寝るもので。休み中なるべく毎日会いたいと抜かす矢部に付き合い昼間はあちこちフラフラ遊び、夜はバイトで立ちっ放しの俺にとってはこの上ない至福の時間だ。  それなのにまたどかどかと部屋に入り込んでどっかと人の上に腰を下ろして起こした上にオフクロはこうのたまった。 「あんた、今日から撮影なんだからさっさと起きて身支度して。十分後には下に下りて車に乗ること!」 「は!? 聞いてねえよ!」  まだうまく回らない頭でそう切り返すも、 「何言ってんの。いつものことでしょ長期休暇にまとめ撮りすんのは。こちとら学生のあんたに合わせたスケジュールにしてんだから感謝してもらいたいものだわ」  息子の腹の上に座って腕組みして睨みつけてくる人に何を感謝しろと。 「あら~仕方ないのよ母さん。最近のコウちゃんてば彼女出来て浮かれてたから忘れてたんでしょ」  そこへしれーとした顔で:紫(ゆかり)が茶々を入れる。現役看護師の姉である。  彼女の一人や二人作れって夏休みに無理矢理ナンパに連れ出したのは誰なんだよ!? つか、浮かれてねえしっ。 「まあ兎に角、今日もデートだったのかもしれないけど、移動しながら紫の携帯から電話してキャンセルね。春夏もの急がないとカタログ刷れないじゃないの」  ひらひらと手を振りながらオフクロは俺の上からようやく退き、忙しそうに階段を下りて行った。そして自分は今日休みなのかニットとジーンズ姿の紫が、 「ほらさっさと顔だけでも洗って」  と踵落とししてきやがった。  ぎりぎりベッドから落ちるようにしてそれを躱すと、渋々ながらも俺は諦めて大人しく彼女らに従ったんだった。  軸谷家の鉄の掟──扶養家族は扶養者に逆らわない、である。  あまり昼間家にいない両親だが、実は自然素材と手仕事を売りにした衣料品を扱う会社を経営している。といっても有限のこぢんまりしたものなんだけど、カタログで通信販売も取り扱ったりしている。  そしてこれが零細企業の辛いところで、モデルの経費を浮かせるために、メンズは俺、レディースは紫が撮影に参加しているのだ。  勿論他にも数人モデルはいるし、顔が出ないところでならウォルターにも手伝ってもらったりしているんだけど、普段参加できない俺のために学校が長期休暇に入ると集中して撮影することになっている。  数回に分けると撮影場所の確保に困るとかそういう理由だ。スタジオ借りるのも金が掛かるからなるべく外とか知り合いの建築士に頼んで建設中の住宅を借りたりしている。  この寒いのに春夏ものかと想像しただけで背筋が寒くなった。 「んじゃー、そろそろ帰るか」  名残惜しそうに神社を見上げながらも俺の背中を押して促してくるウォルターに、自分のカップをくしゃりと潰して屑入れに投げ込み、二人で石段を下りた。  吹き降ろしてくる風に弄られていると眠気も飛んで行く。そのまま少しゆっくりした歩調で、いつものごとくウォルターの家に向かった。  年越しの番組も終わり大半の家庭から明かりが消えた頃、スプリングの効いたベッドの上で俺は揺さぶられていた。  向かい合わせに座っているヤツの腰に腿を載せて、互いに深く口内を貪り合いながら緩やかな振動に身を任せている。こういうのはそんなにきつくない──けど、これでイケるんだろうかとそっちの方が心配になる。  元旦は家族揃って御節と雑煮を囲むというのも軸谷家の掟の一つだ。その為にあの紫すら勤務を調整して日勤が入らないようにしているくらいだ。普段は家族らしいことをしない両親だから、こういった節目の行事だけはと気合を入れているらしい。  遅くとも十時くらいには帰宅しておかないとヤバイことになる。  絡ませていた舌が離れて抱き寄せられた。 「浩司、集中して」  掠れ気味のハスキーボイスが耳に侵入し、背筋が反り返る。そのまま中を蹂躙されて熱くて甘い声を吐きながら無意識に抱きつくと、半ば抱き上げるようにして体勢を変えて背中をベッドに押し付けられた。  背中にあった手は下に移動し、竿を扱かれて更に声が高くなる。 「やっ……あっ、もっ」  疲労が溜まってるときって逆に昂ぶったりするもので。今日も家について風呂に浸かる頃にはかなり体は反応していた。  それをじんわりと解されてそれでもまだイクまでは高められていなかった体は、解放を求めている。 「あ、あ、あ……っ」  小刻みに震える肩を押さえるようにして、唇で耳を塞ぐように吸われた。その瞬間に、抑え切れない衝動がはじける。 「あっ……!」  きゅうっと伸縮する中に搾り取られるように体の奥にも熱いものが解き放たれる。  んん、と耳元でエロい声がして、口付けを交わす。  脱力する体の横に、ウォルターも転がってきた。乱れていた呼吸が整うに連れて、急激に睡魔に襲われる。  う……もう駄目だ。少しでも寝て、家族の務めを果たしてからもっかい寝るしか。 「ウォルタ……頼む、八時には起こして」 「了解。俺も遅刻するわけにはいかないし」  ん? どっか出掛けんのか……。  深く考える間もなく、俺の意識は沈んでしまった。  翌朝、きっちり八時丁度に俺を起こしてくれたウォルターは、既にスーツ姿だった。流石に室内で上着は着ていなかったけれど、ハンガーに掛けてすぐ側のコートツリーに吊ってある。  体が何処もベトベトしていないところを見ると、爆睡している間にまた拭いてくれたようだ。自分の無防備さに呆れつつも慌てて洗面所に行き身支度を整える。 「わりい。急ぐならバイクで送っていくけど?」 「行き先は一緒だからそんなに慌てなくていいよ」  っておい。  顔を拭いていた手がタオルを持ったまま止まる。鏡越しのウォルターは土産らしき紙袋を持ち上げてにっこりと微笑んでいた。 「正月にひとりなんて駄目だって、紫サンと:紅子(べにこ)サンに誘われてる」  ちなみに紅子はオフクロの名前だ。 「──初耳なんだけど」 「あー、昨日神社行く前に浩司んち行った時に話の流れでなんとなく?」  神社には俺の家からの方が近かったから、俺が矢部と別れて帰宅したときには既にこいつは上がりこんでリビングの炬燵で寛いでいた。そん時かよ。  それにしてもちゃっかり土産まで用意してるなんて流石の周到さだ。年上女性にモテるわけだよ……。 「こっちにいる間、これからも色々とお世話になると思うから、よろしくな」  俺がスニーカーに足を突っ込む脇で革靴の紐を結びながら、ウォルターの表情は本当に嬉しそうだった。  丸二年の付き合いでこいつの表の顔と素の表情の見分けがつくようになってしまった俺は、なんとなく安堵する。  家庭環境までは知らないけど、こいつは俺が親や姉と怒鳴りあっている姿を眺めている時ですら、羨望に近い眼差しをしている。  たまに呼ばれて帰国しても家族団欒なんて程遠い家庭なのかもしれない。  そう思うとなんか遣り切れなくなって、俺は普段自分より高い位置にある頭にそっと手を載せて柔らかなプラチナブロンドを梳くように撫でてみた。 「あんなんでよければ、いつでも混じって家族になっとけよ」  いいね、と答えながら顔を上げたウォルターに、俺は触れるだけのキスを落とした。

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