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第七夜 今、抱きたい
約束通り元旦は家族と──そしてウォルターとも水入らずでゆっくりと過ごし、翌日は矢部と初詣に出掛け、その翌日は初売りに付き合い……駅まで送ってそこで別れを告げた。
いや、告げようとした。
「あのさ──」
駅舎の方に足を向けていた矢部が、体ごと振り返った。髪に結んでいる細いレースのリボンが乱暴に揺れた。
「言わないでっ」
わかってる、もうわかってるから、と口早に呟き、俺が下げていた大きな紙袋を引っ手繰るように取った。
「最初に言ったとおり、もう彼女面なんてしない。だから前みたいに友達でいさせて。腕組まなくていいの手も繋がなくていいから、月に一回でも二回でもいいから遊ぼうよ。──駄目かな?」
気丈に見上げてくる大きな瞳が揺れていた。
お前のこと、嫌いじゃねえよ。望みを叶えようと思えば、俺に愛情がないだけで抱くことだって出来る。
けど──それだけはしちゃいけない。こんな俺のこと本気で好きだって言うお前に、これ以上深みに嵌って欲しくはない。
「ああ」
微かに笑みを浮かべ、頷いて見せた。その瞬間に輝くように笑顔になったお前のこと、本当に可愛いと思った。
だけど──それは愛しいとは違う。
「またな」
さよならの代わりに口にした言葉に満足したのか、矢部は何度も振り返りながら改札をくぐっていった。
その翌日には亜澄さんを抱いていた。
阿吽の呼吸とも言えるのかもしれないが、特に何も説明しちゃいねえってのに姉貴がさっさと繋ぎをつけていて、断る理由の無くなった俺は何事もなかったかのようにホテルで肌を重ねた。回数も憶えてないくらいの常連客だ。
顔を合わせた途端に「私が一番乗りね」とむしゃぶりつくように唇を吸われ、負けてなるものかとかなり頑張った。今までで最高に善がらせた自信がある。白くて柔らかな肌を余すところなく口付け舐め上げ、蜜が溢れてシーツがびしょびしょになるまで何度も舌と指でいかせた。
息も絶え絶えに、円熟した体をくねらせ悶える彼女にうっとりしながら、俺は何となくウォルターが男の俺を抱ける理由が解った気がした。
生理的に嫌いじゃないだけの容姿があれば、大抵の男はその相手に対して勃つ。
そして自分が施す愛撫で相手が感じて善がるさまを見て自分も感じ、そこに擬似的な愛情が生まれる。
それはその時だけの本当に一時的なものにしか過ぎないけれど、それも回数を重ねればある程度は本当に好きにもなる。そういう面があるんじゃないか……そんなことをつらつらと考えながら週末にあいつの家に向かっていた。
ドアの鍵が開いたと思ったら、ぐいと腕を引かれ中に引きずり込まれる。施錠するのももどかしげに手が動き、突然のことに思考が置いてけぼりのまま俺は抱き締められていた。
「え……ウォルター?」
いくらスキンシップが好きなこいつでも、流石に出会い頭に抱きつくとかいうのは今までされたことがない。俺はしょっちゅう進にしてるけどな……。
でも俺のふざけ半分の抱擁と今のこいつは違う気がする。なんか変な感じというか、若干恐い。
顔が首に埋もれているせいで一体どんな表情をしているのかも分からないし、戸惑うばかりだった。
「浩司──会いたかった」
掠れた声が耳元で聞こえ、ずくんと下腹が疼く。
え? 今、なんて……。
そのまま腕が後頭部に回り、唇が重なる。ほけっと口を開いていたもんだから、あっという間に舌を絡めて吸われ、中を蹂躙されるに任せた。
「……ん……ふっ、あ……っ」
なんだなんだ。盛り過ぎだろ。こんな余裕のないウォルターって初めてなんだけど。
それでも、目を閉じて身を任せているともう体が反応するようになっていた。しかも腰に回されていた手がそのまま服をたくし上げて素肌に這わされ、あっという間に体温が上がる。
やるために来てるんだから別に早急すぎるとかそんなこと言うつもりはねえけど、それでも流石に玄関は寒すぎる。勘弁してくれよ。
弾む息の下で何とか言葉を搾り出そうとした時、全く予想だにしていないことが起こった。
「あのっ、私、上に行っとくね」
そうはっきりと聞こえたんだ。明らかに女の声で。
かちんと固まったまま俺は足音が階段を登り遠ざかっていくのを聞いていた。
──え。ちょっと待てこら。何だ今の。
え。
え!?
「うーっっ」
硬直が解けた俺は力任せにウォルターの胸を押して引き剥がすことに成功した。
「ちょっ、」「黙って」
問い質そうとした俺の前で、意外に冷静な表情のウォルターが唇に指を当ててきた。
尚も言い募ろうと口を開きかけると、すいっと顔が近付いて「黙らされたいの?」と意地悪げに微笑を浮かべる。
やむなく押し黙ったままぎろりと睨みつけてやると、そ知らぬ風に笑顔を向けられ、何だか良く判らないまま二人してしばらく無言で見詰め合っていた。
ようやくほっと息をついたウォルターが俺の腕を引き、上がるように促した。
何だったんだと目で訴えながら皮ジャンを脱ぎ、寝室へと向かうその背中を追った。
真っ暗な室内に足を踏み入れたウォルターがフロアライトを点けるのを待ち、後ろ手にドアを閉めてどっかとベッドに腰掛けた。
さーて。説明してもらおうじゃねえか。
「なんなんだよ、さっきのは」
シャツとスラックス姿のウォルターは、バーテンのように優雅にブランデーをロックグラスに注いで両手に一つづつ持ってから俺の左脇の床に座った。
腰を下ろしながら手渡されたグラスを持つなり、俺はキュッと飲み干す。火照り始めていたところで緊張と驚きに冷やされた体が何だか変な感じだった。
同じように殆ど一気に干したウォルターも目の前のガラステーブルにグラスを置き、ベッドに凭れ掛かるようにしながらこちらを見上げてくる。
少し気だるげな色を漂わせているその切れ長の瞳を見据えながら、俺もグラスを置いた。
「──さっきのって?」
「いきなり抱きつくとかっ、あ、会いたかったとかっ」
少しどもってしまった俺を見つめてくすりと笑みが漏れた。
「会いたかったんだって、本当に」
「なっ、何言って……。んなこたあ恋人にだけ言っとけよ!」
「酷いなあ。事実を言っただけなのに」
がっかりしたように嘆息されて、狼狽してしまう。んなの冗談に決まってるってのに。
何とか落ち着こうとしていると、いつの間にかウォルターが隣に腰掛けていてそのまま抱きすくめられるように後ろに押し倒された。
乱れたシャツの裾から、大きな手の平が侵入して来る。
「ん……っ」
「信用できないなら、体に教えてあげる」
「何言って、──んんっ……!」
脇腹を撫で上げられて腰が跳ねる。気を散らされた隙に反対の手でボタンとチャックを外されたジーンズの中にも手が差し込まれて、下着の上から擦られて更に甘い声を漏らしてしまった。やばい、もう完全にヤツのペースにはまっちまった。
「待てって……っ、さっきの女の人、はっ」
片手で下を愛撫しながら、もうシャツのボタンは外されている。時々甘噛みしながら鬱血痕を残す唇を恨めしげに睨みつけ、それでも吐息が熱くなるのを抑えられない。
「姉」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を咀嚼している間にするりと下着ごとジーンズを抜かれた。
ひやっとしたのはほんの一瞬で、急所である場所をやんわりと包み込まれ扱かれる。
えーと。姉、姉貴……姉さん。って、国にいるっていう例の天使みたいな。
って、声しか聞こえなかったけど、目ぇ開けときゃ良かった!
ん? いや瞑ってて正解だったのか? だってあん時俺たちキスしてたわけで。
思考停止。
頭の中真っ白になっている間にすっかり全部脱がされていることにも気付かず、ただ与えられる快楽に対して体は素直に反応して、それから片足を肩に載せられて滑るように指が入ってきてようやく我に返った。
「んん……っ」
あ、またオイル使ってんのか。あれ使うと感じすぎて大変なんだけどな──じゃなくてーっ!!
「ねえさん? に……見られた??」
一番困るのはウォルター本人じゃないのかと思うんだが、勿論俺も恥ずかしかったけどっ、どうせ俺の顔なんて向こうからも見えちゃいないだろうしっ。
「見せたの」
「いやいやいや、有り得ねえからそれ」
「もー。ムードないなあ」
「俺たちの間にムードなんてあったのか」
「余裕だねえ、浩司」
いきなり指を増やされ、泣き所を強く突付かれて悲鳴交じりの嬌声が上がった。続けさまにそこだけを擦られ、涙が滲む。
「ひっ、やぁっ……」
「もっと啼いて。上に聞こえるくらい」
ちょっと何考えてんですかこの人は。よりにもよって可愛くてたまらないとかいう姉貴に男と関係あるトコわざわざ見せ付けたいとか!
こいつって元々何考えてんのかわかんねえ部分多かったけど、これは本当に理解出来ない。
それなのにそれ以上の思考を邪魔するかのように激しくそこを責められながら前も扱かれ、俺は期待通りに甘やかで高い声をあげながらイってしまった。
不覚……。
弛緩した体のままじとっと見上げると、ちゅっと軽くキスを落とされた。
「何か知らないけど、いきなり二日にこっちに来ちゃってさ……そんな時に限って恋人たちも帰省してたり仕事があったりで捕まらなくて。一日中二人きりで死にそうになりながら何とか一週間もたせたんだぜ?」
ああ……うっかり押し倒しそうになる衝動を押さえ込みながら、一週間耐えたんだ……。そりゃあ辛いよな。当然自慰もしちゃいないってことなんだろう。
気の毒そうに目を瞬いていると、耳朶を軽く噛まれた。
「言ったよな? 浩司。『この体好きにしていい』って」
そのまま囁きを落とされぞくりと体が震えた。
あー。確かに言った……言いましたとも。
「今夜は眠らせないから」
声に反応して産毛が立ち、股間のものもむくりと自己主張する。
再び火照り始めた腰を、まだ着衣のままのウォルターに押し付けながら、俺はその背に腕を回した。
位置を変え俺はウォルターの体の上に逆向きに四つん這いになりそのまま目の前にそそり立つ物に舌を這わせた。滲み出ているものを指の腹で円を描くように塗りつけ、窪みを舌先でこじ開けるようにしながら根元から擦り上げる。所謂シックスナインの体勢なので、反対側にあるあいつの顔の上には俺のものがあってだな……しかも上になってる方は後ろの穴まで丸見えと分かっていて羞恥に更に体温が上がる。
あいつも同じように手と口を使って俺のモノを慰めながら、もう片方の手はくちゅくちゅと淫猥な音を立てて窄みを責め苛み続けている。
くっそー……駄目だそっちに意識をとられちまう。前に抜けなかったから今度こそイかせたいのに。
一週間出してないなら今日が千載一遇のチャンスだってのに、与えられる快感の方が大きくてついつい口が疎かになり喘ぎ声ばかり漏らしてしまう。けど、俺のフェラだけじゃ手持ち無沙汰でイヤだってこれで妥協させたんだもんな。頑張るしかない。
「──ふ、ぅんっ……」
手と連動して咥え込む口を大きく開き、思い切り奥まで突っ込むと、えづきそうになりながら唇を窄ませて吸いつつ舌を竿の絡ませて顔を上下させる。
「んんっ」と呻き声が聞こえ、それがまた俺の下腹部を直撃するエロい声だったから堪らない。負けてなるものかと動きを速くしたらようやくウォルターの息遣いが荒くなり、脳天を蕩かしそうな「いく……」という低い声が聞こえてきた。
動きを止めることのない俺の口内で、どくんと脈打ったかと思うと、熱いものが喉の奥にほとばしった。
動きを止めてそれを受け止め、放出が止んだところで日頃の仕返しとばかりに鈴口を舌で刺激してやると、やつが呻き声を上げた。
イった後の敏感な時にやられると快感以上のものがあるのは良く判っている。
飲むつもりまではなかったけど結果的に殆ど喉まで入ってしまったので、今更吐き出すのも面倒で音を立ててそれを嚥下した。
跨っていた体の上から横に退くと、気だるげな中にも不思議そうな目をしてウォルターが俺を見つめていた。
「くそっ……やられた」
「良かったんだろ? いいじゃん」
腕で口元を拭いながら座り直し、気を良くしてにやりと笑い掛けてみる。
透明感のある白い肌が上気してうっすらと桜色に染まっている。全身を投げ出している姿が珍しくて俺はついつい見惚れてしまっていた。
完全に着やせするタイプのウォルターは、特に運動をしているとは思えないのに綺麗に筋肉をつけている。毎朝とは言わないがジョギングをしている姿しか知らないので、それだけじゃあ腹筋割れないよなーとか勘繰ってみたりもする。
スポーツセンターに遊び半分で一緒に行くこともあるから、一人の時にも利用しているのかもしれなかった。
一休みしたウォルターが腹筋だけで起き上がり、一気に至近距離に顔が近付いてきた。
「さ、てと。じゃあ続きといきますか」
ちゅうっと音を立てて唇を吸われ、そのままキスをするのかと思いきや伸ばされた舌は無防備な耳に入っていく。
「やっ、ぁ」
肩を竦めた俺を広い胸に抱きこむようにして、水音を立てて散々に弄られる。びくびくと痙攣しながらすっかり力の抜けてしまった体を倒され、次の瞬間にはもう一気に貫かれていた。
「んあああぁぁーーっ」
時間を掛けて解されてはいたものの、割り割かれる時の異物感と衝撃に背筋と首を仰け反らせ、叫んでしまっていた。
目の端に涙が滲む。痛いのとは違うんだけど、何でか毎回涙が出るのは避けられない。
勢いに任せて大きく速くグラインドを続けるのに合わせて全身が揺さぶられ、やっぱり今夜はいつになく性急だなと痛感する。
それだけ我慢してたって事か……。
会った瞬間の「会いたかった」も意味としては「やりたかった」になるんだろうな。それなら納得できる。
欲望の捌け口が見つからなくて、土曜の夜になるのを我慢に我慢を重ねて待ってたんだろう。
だからってあんなトコで姉さんとやらに見せ付けるのはどうかと思うけど、その後の干渉を防ぐ意味も込めてわざと見せたのかもしれない。
本当のところはどうなのかなんて訊きようもなくて。
俺はそのままウォルターの激情に呑まれる様に体を任せ、朝刊を配る原付の音が聞こえてくる頃まで散々突かれては甘くて高い声を上げ嬲られ続けていた。
瞼の裏が明るい。もうすっかり日が高く上ってしまっているんだろうけど、体中がみしみしいっているような気がして全く起き上がる気になれない。
横向きに軽く曲げていた背筋を伸ばしながら仰向けになろうと寝返りを打って体温に気が付いた。
「起きる?」
目を開けるより先に囁かれて、数時間前まで睦み合っていた名残か腰の奥が疼いた。
「──無理」
体を起こそうとか布団から出ようとかいう気になれなくて、それでもそうっと瞼を上げてみた。片肘で体重を支えているウォルターが覗き込むように見下ろしている。
おー、相変わらず睫毛ばさばさだな……。ちゃんと全部金色なんだな~。
妙な感慨に耽りながら瞬きをしてほけっとしていると、くすりと笑みを浮かべた顔が下りてきて耳朶を食まれた。
「んっ」
「そういや、うちに泊まる時って寝起きは悪くないよね」
ふと思いついたように不思議そうに言われ、自分でも驚いてしまった。
「そうだな。……気付かなかった」
レムとノンレムの合間に睡眠を邪魔されると、俺は自分では全く憶えていないんだが、妨害者に対して狼藉を働くらしい。
大抵それは紫に対してってことになるので、終いには流血沙汰の惨事になったことすらある。
ウォルターたちと海に行ったときには、午睡を邪魔しようとした矢部を羽交い絞めにしたりキスマーク付けまくったりした……らしい。
本当に何も憶えていないんだからしょうがない。自分で設定した時間に起きる分には問題ないし、普通はそれで迷惑を掛ける事態にはならないんだからいいじゃねえかと開き直っているんだけど。
ふうん、と息をついて、そっと手の平が首筋から鎖骨に掛けて撫でさすって行く。暖かくて気持ち良くて、されるがままに身を任せる。
「もうちょっと寝てていいよ」
優しげに囁かれたのはいいんだけどな。
「っん」
そのまま下まで降りて中心に触れられただけで芯を持つのが分かってだな。
「元気そうだからもう一回やっとく?」
「ッ……寝た子を起こすなーーーっ!」
閉じかけた目を見開いて抗議したものの、当然聞き入れられるはずもなく。遮光カーテンの隙間から切れ切れに漏れる太陽光を浴びながら、また俺は喘がされる羽目になってしまったんだった。
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