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第?夜 いつかまた会える日まで
広い空と、小道を中へと誘う林。いつも通りのように見えて、内包する争いの炎を必死に隠そうとしている国。ボストンバッグ一つを提げて、丈の短い草の生えた湿った土の上を歩きながら、なんだか張り詰めていたものが解けてしまっていた。
一体何の為のものか知らないが、儀式があるからと帰省を促された。切羽詰まったような姉の声に、うまくはぐらかして欠席するつもりだったウォルターは、ついつい頷いてしまっていた。
──本当に、あの人には敵わないな。
王族の儀式とやらは、外様の自分には語られていない部分が多い。しかも今回のものは、特に極秘のものであるらしい。それならば、本当の身内だけで済ませてくれたら良いものを。そう思いながらも、自分を〈身内〉としてくれる養父母と義姉の心が嬉しくて、微々たる抵抗しか出来ずにいる。
本来ならば継承権のない自分が、今こうして呑気に生活出来ているのも、全てあの人たちの優しさのお陰なのだから。
庇護だけをして、優しさという天蓋だけで覆って、壁を作らず、いつでも何処へなりと行って良いのだと、言葉ではなく態度で示してくれている。だからこそ、最低限であれ務めは果たしたいと思う。体面上、自分は王子なのだから。
林の中は、鬱蒼とまでは行かずとも手入れが行き届いておらず、伸びすぎた木々の枝で日光が遮られて薄暗い。常春の気候を持つこの国は、今日も雲ひとつない晴天だった。
だから、一歩踏み込んだ途端に、目の前がちかちかとして一瞬ギュッと目を瞑って慣らそうとしたのだ。
その時。
今まではなかった風の動きとはっきりとした殺意を感じて全身に緊張が走った。
立場上一通りの護身術を身につけているとはいえ、幼い頃の下町での小競り合い程度しか実戦経験はない。ましてや今は武器も何も持ってはいなかった。
ザッと葉ずれの音がして、木立の隙間を縫うようにして男が現れた。何の変哲もないような町民の格好だったが、髪の色は金色だった。
──ディース人か!
自分の出身国、つまりこの国の隣国の民であるその証の色を、まだはっきりしない視界に収め、腰だめから突き込むようにされた剣を躱した。腕一本分もの長さのあるそれは暗殺者向きではない。下っ端の傭兵かと思考しながらも、神経を研ぎ澄ませて剣をやり過ごし続ける。
手足れとは言えないものの、丸腰でどうにかなる相手では無さそうだった。勝算があるとしたら、剣の重みで相手が疲れてきたところで関節を取って落としてしまうことだけだろう。
さてそうなるまで自分が無傷でいられるかどうか、ではあるのだけれど。
とうに何処かへ放り投げてしまったボストンバッグの中に、大学のレポートの遣り掛けが入っていることを、ふと思い出した。そして、週末に一緒に片付けようかと話していた相手のことも。
──浩司。
会えるだろうか、もう一度。帰れるんだろうか、あの家に。
渋々ながら出てきた自分に、いつ帰るとも訊かなかったけれど、その前にした約束だけは、取り消していなかった。
袈裟懸けに振り下ろされた剣を見極め、紙一重で避ける。男の呼吸が乱れているのを見て取り、次の攻撃の際に手首を取ろうと決心する。
振り被ると余計な体力を使うと今更悟ったのか、男は最初のように突き込んで来た。
両手で握り全体重を掛けているところを間一髪ステップで躱して、そのまま手刀を叩き込むと鈍い音を立てて土の上に剣が落ちた。そのまま関節を取ろうとしたのだが、流石に相手も気付いたのか、かろうじて片手しか掴めない。そのまま相手の内側に捻りこもうとして、脇腹を灼熱に焼かれた。
鈍い痛みに、子供時代に似たような経験をしたことを思い出す。
「ぐ……」
苦鳴を漏らしながら、そのまま捻ろうとしているもう一本の手首を取り、膝を蹴り上げた。
やりたくはなかったけれど、命が掛かっているなら仕方ない。悶絶する男の背に馬乗りになると、今度こそその首筋に完璧な手刀を叩き込んだ。
そのまま自分の腹に目を落とすと、何処かに隠し持っていたらしきダガーの柄が生えている。きっちり根元まで刺して捻る途中だったのか。
サバイバルナイフより大きくて幅広のこれでやられていたら、ほぼ即死だっただろう。背中に抜けているかもしれないが、確かめるのも嫌だった。
命が減っていくのが、自分でも判る。
抜いてしまえば出血が酷くなるのが解っているから、よろけながらもどうにか立ち上がって、木立に手を付きながら少しずつ歩き始めた。
いつもなら十分も掛からない距離が、永遠のように長く感じる。
ふらつく足が、思うように前に進まない。
ああ、手の感覚も鈍くなってきた……木の肌の感触すら判らない。
こんな時に思い出すのか、引き締まった、日に焼けたあの肌を。
跡が残り難いとはいえ、印を残すと翌朝真っ赤になって怒っていたっけ。
今の木の手触りは判らなくても、お前の滑らかな肌ならいつだってこの手の中に蘇るよ、浩司。
ぐらりと視界が揺れて、膝が地面に突いてそのまま横倒しに地面に投げ出されるからだ。かろうじてダガーの柄が下にならないようにと体を捻ったのは、生存本能だろうか。
最後に会った夜に、一度だけ口にした言葉。
どんな風に解釈したんだろう、何も言わず、いつも通りに接してくれたけれど。
とくん、とくん。鼓動に合わせて、何か大切なものが外に出てしまう。
浩司、また次に会うときに、きっと──
せめてこの想いだけでも届けばいいと、何度も何度も胸の中でお前の名前を繰り返すよ。
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