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第4話 アンドロイド同期との協業?!

「はーあーあー」 デスクの上で大きく伸びをしながら大げさなあくびをする。 結局、昨晩は寝たのが深夜の二時を回ってしまった。 週半ばから睡眠時間が足りていなさすぎる。ちょっとでも気を抜いたら半目になりそうなくらい眠い。 仕方なく、デスクに置いてあるガムのボトルに指を突っ込んだその時。 「佐野くん! ちょっといい?」 と、課長の藤田が声をかけてきた。 なんだろう、と思いながら立ち上がり、ついでにガムを口に放り込む。上司と話すのにガムはないか?と思ったが、藤田のいつもどおりの好々爺然とした笑みを見て、まあいいかとそのまま噛みすすめた。 「眠そうだねえ、佐野くん」 「いやあ、昼メシのカレーが重くて……。って、なんのご用でしょうか?」 「昼からカレーかあ。若いと、たくさん食べれていいよねえ。──あのね、佐野くんって最近忙しい?」 佐野はうーんと首を捻る。 便利屋業は多忙なものの、本業である人事部の方は平常運転──のはずだ。 「まあ普通……だと思います。もしかして、残業時間やばいですか? 今月はそんなにしてないと思うんですけど」 おずおずと尋ねると、藤田がのんびりした口調で「そうですねえ」と言った。 「今月が現時点で四十五時間……ですね。まあまあ、少なくはないけど平常運転と言えなくもないですねえ」 藤田はそう言いながらのんびりした手つきでマグカップのお茶をすすった。藤田は蜂蜜を入れた紅茶がお気に入りで、ぷうんと甘い香りが佐野の元に漂ってくる。 佐野はガムを右頬に寄せてから、さりげなく本題へと話を戻した。 藤田は人柄はいいのだが、ごくごく呑気でマイペースなところがある。 「で、あのう。忙しくないなら、どうなんでしょうか?」 「あ、そうそう。あのね、研修の講師をやってほしいの。四月にまとめて中途の子たちが入るでしょう? それの研修を若者にやってほしいんだってさ。──ちなみに、あっちの方の人の、ご用命」 藤田の短い腕が指し示すエリアの方向を見て、佐野はぎくりと体をこわばらせた。 恐る恐る口を開く。 「も、もしかして……あっちって言うと……」 「そう、経営企画部だよお」 「げっ、まじっすかぁ……」 「うん。まじですねえ。なあに、佐野くんはケイキが嫌なの?」 藤田の口調には佐野を揶揄うような響きがある。 佐野はちょっとだけ顔をしかめた。 「嫌、とかじゃないですけど……」 そう、別に嫌と言うわけではない。 だが、経営企画は社内ではエリート集団ということもあって、勝手に恐れのようなものを抱いている。 それを嫌というのかもしれないが。 「その研修って、俺一人でやるんですか?」 「ううん、ケイキの人と一緒にやるはずだよ。若者同士で組ませるって言ってた気が……、あ、ほら、刑期に去年入った、君の同期がいるじゃない? たぶん彼だよ」 右頬がひくり、と痙攣する。同期のケイキというと──それはつまり──。 「いっ、伊坂ちゃ、じゃない、伊坂と組むんですか?!」 素っ頓狂な声を出す佐野に、藤田は動じることもなく頷き返した。 「うん、たぶん。 なに? いやなの? 佐野君、わりと伊坂君に絡んでるじゃない」 「そっ……れは、そうなんですけど」 伊坂は同期だし、社内で見かければ声くらいはかける。が、別段仲が良いわけでもはない。 佐野は万人に対して愛想がいいし、伊坂は万人に対して冷たい。おかげでコミュニケーションはいつも平行線だ。 「けど? 相性よさそうなきがするけどなあ」 「いやいや……伊坂ちゃん、俺にはいっつもクールだし……」 そう言いながら、佐野は内心頭を抱えた。 ──なぜ、今なんだ! 便利屋のことがバレそうな以上、なるべく伊坂とは関わりを持ちたくないというのに! 絶望的な気持ちで経営企画部の方を向くと、ちょうど上司から同じ話を聞いていたらしい伊坂と目が合い、ぎろりと睨まれた。 「……地獄耳? って、うわ」 佐野のことを睨みつけたまま、伊坂がずかずかとこちらへ歩いてくる。 「い、伊坂ちゃん、顔が怖えよー……」 硬直した佐野の声に、藤田が「ん?」と視線を動かす。 「あはは、本当だねえ。君のあのリアクション、聞こえてたんじゃないのかい?」 「か、勘弁してくださいよ……」 ぐんぐんこちらへ突進してくる伊坂は、テレビ番組で見た野生のクマのようだ。 クマというには美しすぎる伊坂だが、この状況はクマのもたらすそれによく似ている気がする。 ターゲットにされたら最後、逃げる術はない。諦念と共に虚空を見つめていると、目の前がふっと暗くなる。 目の前に現れた伊坂によって、日照権が一時的に侵害されている。 「……」 人の目の前に立っておきながら、伊坂は一向に口を開かない。 「……」 仕方なく、佐野の方から口を開く。 「あのう、伊坂ちゃん? なんか用があるんじゃ……」 「研修」 突然単語を投げつけられ、佐野は「え?」と聞き返す。 伊坂は淡々として口調のまま、 「研修の話は聞いたのか?」 と言う。 佐野は大きく頷いた。 「あー、聞いた聞いた! 今日からよろしくな! 二ヶ月後って、先な気がするけど以外とすぐなんだよなー」 ニコニコと笑って手を差し伸べるも、伊坂は佐野の手をチラリと見て無視をする。 そして、矢継ぎ早に話し始めた。 「……テーマは、 “十月電気で働くということ”だ。経営企画では類似のテーマで研修を行ったことがある。過去の資料を参考にしながら私が研修資料のたたき台を作成する。三日後に佐野に共有し、意見をもらいたい。その後篠原部長にレビューをもらって完成形にする。で、いいか?」 まるで箇条書きにした資料を読み上げるような勢いで話され、理解が追いつかない。 「え? あ、え? 内容とか分担とかは、事前に話し合わなくていい感じ?」 戸惑ってそう問い直す。 伊坂は、同じことを繰り返させるなとでもいいたげに、「経営企画で類似のテーマを暑かったことがある」と繰り返した。 だからなんだと言いたいが、つまりノウハウはケイキにあるから任せてほしいと言う意味なのだろうか。 佐野は珍獣をなだめるように、なるべく落ち着いた口調を選んで切り出す。 「でもさ、切り口とか──話の流れとか、資料作る前に打ち合わせした方がいいんじゃ……。当日は俺も話すんだし」 「必要ない」 「やーでも、さすがに俺も担当だし」 「必要、ない」 ──この、頑固者め! 伊坂の頑な口調に、流石にカチンとくる。 抗議の視線を送るも、佐野を見下ろす伊坂の表情は微動だにしない。 伊坂みたいなタイプは、こういうモードになるとまず折れることはない。 不毛なやり取りに終止符を打つべく、佐野ははあとため息をついた。 「……わかったよ。まあじゃあ、それでやってみて」 「了解」 言葉少なに返事をし、さっさと踵を返して、伊坂は経営企画の方へと戻っていく。 「伊坂くん、行っちゃったねえ」 藤田の顔には明らかに「ふたりのやりとりを面白がっています」と書いてある。 佐野は口をへの字に曲げて、 「俺、伊坂ちゃんに嫌われすぎてませんか?」 とこぼした。 思いのほか悲しげになった自分の声に、なんとも情けない気持ちがわいてきた。

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