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第8話 伊坂ちゃんは、冷たくないよ

十月電気が開発した最良のシステムは、社員食堂の自動決済システムである。 と、いうのは皮肉のようでいて的を得ている。 麻辣唐揚げ定食のお盆を持ったまま社員証を端末にかざすと、ピピッと音が鳴って決済が完了した。 本日のおすすめの麻辣唐揚げ定食は四百三十円。社員証に紐づいて、昼食代を給料口座から引き落としてくれるこの仕組みは、確かになかなかイケている。 だが、その便利さゆえに食堂はいつも激混みなのだが。 きょろきょろと空席を探していると、後ろの方から声をかけられた。 「佐野! ここ空いてるぞ!」と、同期の斎藤が手を振っている。 ラッキー、と心の中でつぶやいていそいそと窓側のテーブル席へ向かった。斎藤のほかに着席しているのもいずれも同期の社員のようで、メンバーからするにコンサル部門の同期三名でランチ──のようだ。 席へつくなり皆川に話しかけられる。 「おつかれー。佐野くん、もしかしてそれ麻辣唐揚げ?」 「うん。うまいかなーと思って頼んでみた。……って、辛!」 あわてて咳き込む佐野に、三人が「やっぱりー!」と声をあげて笑う。 「そうなのそうなの。それめっちゃ辛いから気をつけてって言おうとしてたの」 皆川が「あたしもさっきマジで死にそうになった」と笑いながらドボドボとプラスチックのコップに水を注いで手渡してくれる。 なんて親切なんだろうか。きっと、伊坂だったら、白い目で佐野を見つめて終わりに違いない。 「これはマジで辛すぎよな。どー考えても社食にしては冒険しすぎ。まあ、辛いもん食うとストレス解消にはなるけどなぁ」 らしくない発言に、佐野は「おや?」と首を傾げる。 「なに、斎藤は疲れてんの?」 「そーだよー。今俺、清水さんってPMのプロジェクトにいるんだけど、まじできついんだって! コンサルにも平気で無茶言うし、あの人」 聞き覚えのある名前に佐野はぴくりと箸の動きを止めた。 「……清水さんって、清水正樹さんって人?」 「そうそう、エンジニアのね。今、俺、太陽ファーマのプロジェクト入ってるんだけど、PMが清水さんでさ。厳しいのなんのって」 それまで黙って話を聞いていた丸澤がずいと身を乗り出してくる。 「清水さんは激ヤバPMで有名なんよ。あの人クライアントにめちゃくちゃいい顔するから、下につくとそのぶん仕事増やされんの。やんなくていいようなこともやらされたの」 「あー、そういうタイプね……」 聞けば聞くほど、最悪のマネージャーじゃないか、と佐野は顔をしかめた。 パワハラ気味とは聞いていたが、業務量のコントロールにも問題があるとは。 「そ。んで、実はこの会、清水被害者の会ってワケ」 「てことは、皆川も丸澤も……」 二人そろってうなずいて見せた。 「あたしは去年」 「僕は三か月前」 「そして俺が今──ってことよ」 「なるほど……つまり、愚痴聞き会? 俺いても大丈夫なやつ?」 笑いながら自分を指さすと、今度は三人そろって「大丈夫!」とコーラスをくれた。 「あらかた語り済み。ま、愚痴なんて言ってもしょうがねえしなあ。プロジェクトだから終わりはあるんだし」 気丈にもそう言い切る斎藤の顔色は悪く、心配になる。 「無理すんなよ。斎藤、顔色悪いよ?」 斎藤は「大丈夫だ」とかぶりをふるが、皆川と丸澤も不安げな顔をしている。 「俺はなんとかなるって! お前こそ、毎日大変なんじゃねえの? 人事でバリバリやってるって噂、こっちにまで聞こえてくるぞ」 「え、俺?」 「そ。どうなん? 人事の日々は」 まさか自分に話題が移るとは思わず、佐野は「あー……」と言葉を濁した。 人事の業務は時期によって忙しさに違いはあるが、基本は会社の年間スケジュールに合わせて動くので、見通しが立ちやすいぶん、ニュース性のあることが少ない。 何か面白い話がないだろうかと頭の中を捜索して、すぐにピンときた。 ──あった。最新のニュース。 「そうそう! 俺さ、伊坂ちゃんと研修やることになったんだよね!」 「え……伊坂って、あの伊坂?」 「そう!」と言いながら四つめの麻辣唐揚げにかぶりつく。慣れてくると辛くてもうまい。 もぐもぐと咀嚼しながら三人の顔を見ると、なんともいえない表情で沈黙していた。 「なに?」 「いやぁ……大変そうだなぁって……二人だけは流石にやりづらくねえか?」 「いや、まあ、意外とそんなことも……」 ──あるけど。プチ揉めはしたんだけど。 でも、ここまで暗い顔をされると、「さすがにそこまで嫌では……」と言いたくなる。 「そんなことあるでしょー。あたしはあんまり得意じゃない。優秀すぎるし、感情なさそうだし、ぜんぜん喋んないし。別に嫌いとかじゃないけど」 「飲み会なんか一度も来たことないしさ。冷たいよなぁ」 「俺らのことに興味なんかないんだ! あいつは」 口の中で白米と麻辣唐揚げをミックスしながら、伊坂とはつくづく損なやつだと哀れに思った。 確かに佐野だって伊坂にむかついていた。 無口で無表情なうえに頑固で、コミュニケーション能力なんてほぼゼロに等しいから、決してやりやすい相手ではない。 でもこうやって同期みんなから煙たがられる ほどひどいやつでもない気はする。 それに、冷たい冷たいと言われているが──たぶん、伊坂は本当は情に厚いのだ。 ただ、自分はそれをたまたま知っていて、こいつらはそれを知らないというだけで。 ごくんと肉と白米を飲み込んで、佐野は自信満々に言い切った。 「あのなぁ、伊坂ちゃんは冷たくないよ。あいつはあれなんだかんだ情に厚いんだ」 「うそつけ!」 「ほんとだってば! 伊坂ちゃんはいいやつなんだって! たぶん!」 そう言って、最後の麻辣唐揚げを口に詰め込むと、ふいに斎藤たちの動きが止まった。 はて?と思って視線の先を振り返ると、よく見慣れた長身のシルエットがある。 伊坂はやっぱり地獄耳みたいだ。佐野たちの方に向けるまなざしは険しく冷たい。 あちゃーと思ったが、後悔先立たずである。 まあいいやと開き直って、佐野は「伊坂ちゃん! こっち!」と冷酷な貴公子を手招いた。

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