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第12話 仕事が増えた…
エレベーターの中で首をぐるりと回すと、ぼきっという不穏な音がする。
「眠い……だるい……会社行きたくない〜」
無人の箱の中でぼやくと、少しだけ気分がスッキリする。
とにかく、飲み過ぎた。
あのあと伊坂と二人でついつい酒が進み──気づけば日本酒が一本空いていた。
──あいつ、酒強過ぎだろ。
伊坂は同期との飲み会などには一切顔を出さない男なので知るよしもなかったが、とにかく伊坂真一という男は酒に強い。
飲めども飲めども顔色が一切変わらないどころか、最後までいつもの平静さを保っていた。
とはいえ、いつもより態度がやや軟化していたような気がしないでもない。
あのクサい説教のおかげなのだろうか、と思って頬が熱くなる。
らしくもないことをしたという気恥ずかしさが、今更になって襲ってきた。
佐野のあの理論は、自分の人生訓のようなものだ。転校も多く、家庭環境も複雑だった自分が、何とかして自分を理解してもらおうとする中で身につけた思考法のようなものだ。分かりやすく、相手の知りたいことだけを伝えるためのイメージ。
そんなことをマジになって語ってきかせるなんて、随分照れくさいことをしてしまった。
「おはようございまーす」と声を張り上げると、入り口すぐの打ち合わせブースから二名分の声が上がった。
「わっ、佐野くん。今日は早いねぇ」
「おはよう」
声の主は課長と主任の西浩人で、どうやら打ち合わせをしていたらしい。
──なんの打ち合わせだろう。
PCを起動させ、仕事をするふりをしながらも、二人の方向へ聞き耳を立ててしまう。
こんなに早く出勤して、会話する必要があるということは、あまり他人に訊かれたくない話ということだ。
「うーん。やっぱり黄信号ですねえ。この方は、プロジェクトはどこなの?」
「太陽ファーマです」
──太陽ファーマ。
その単語にピクリと耳が反応する。確か便利屋に依頼をかけてきた竹内のクライアントは太陽ファーマではなかっただろうか。
「ああ〜……。あそこはお客さんも厳しいからねえ。PMは?」
西が「ちょっと待ってください」とつぶやき、「うーん」と唸るような声を上げた。
「PMも難ありかもしれません。清水正樹さんです」
「ああ〜。清水君かあ。彼はひと癖あるからねえ。その、竹内くんという子との相性はどうなの? よさそう?」
──やっぱり、あのプロジェクトか!
まさに便利屋に頼ってきた竹内の話だ。
佐野の心臓はドクンと大きく動いた。
まさか、竹内は休職でもするのだろうか?
「あいにく、竹内さんについてはあまり情報がなく……。真面目で仕事熱心と評価は高いのですが。あと、この一ヶ月、残業時間は減っているようなんです。残業面談をするほどでもないような気もしておりまして」
佐野は内心ぎくりとした。残業時間が若干減っているのは、おそらくは佐野の働きのおかげなのだ。だが、そのせいで会社からの介入がなくなっては本末転倒だ。
固唾を飲んで耳をそば立てていると課長の「うーん」という声が聞こえた。
「まあ、様子を見ておくに越したことはないかなあ。西くん、残業面談のセッテイングお願いできる?」
──課長、ナイス!
心の中で課長に賞賛を送り、佐野は安堵の息を吐いた。あれからも竹内からの依頼は増え続け、佐野としては竹内の状況がかなり気がかりだったのだ。
会社からも注意を配ってもらえるようになるということは、事態も少しは好転するかもしれない。
「おい、佐野!」
ブースから突如上がった西の大声にびくりと体を震わせる。
「な、なんすか?!」
「302会議室予約しといて! 残業面談用だ。どうせ聞き耳立ててたんだろう。」と西がニヤリと笑う。
佐野は思いっきり顔を顰めて反論した。
「なんで気付いたんすか!」
「手が止まってたから。 あと、面談、お前も同行な」
「えっ、俺もですか?!」
「そう。そろそろ残業面談の修行も開始だ。退職面談より楽しいぞ」
依頼人との直接の接触は予想だにしていなかった事態だ。想像しただけで若干緊張してくる。
だが、「おい、予約頼んだぞ」と言い放つ西には逆らえず、佐野は引き攣った顔のまま「はーい……」と返事をした。
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