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第14話 救いの手がのびて

結局、竹内は伊坂たちが去ったあとすぐに、竹内はエレベーターホールに現れた。 ひどく青ざめた顔をした竹内には西も怒る気にもなれなかったようで、黙って着席を勧めた。 座ってからもオドオドと視線を彷徨わせている竹内は、見るからに調子が良くない。 西がきびきびと質問を続けているが、その回答はどれも要領をえない。 「育休後すぐにハードなプロジェクトになりましたね。ご体調はいかがですか?」 「わ、悪くはないです……」 「悪くはないというと、万全というわけでもない?」 「いや、まあ……。でも、休暇明けだからなのかもしれません。休みボケ、みたいな……」 西が、うーんと首を捻るような仕草をする。明らかに納得いっていなさそうな態度だ。 「業務上、支障はないですか? 小さなミスが増えたり、いつもはしないようなことをしてしまったり」 ぴくり、と竹内の体がわかりやすく動きを止めた。竹内はおろおろと視線を彷徨わせながら弱々しい声で吐き出す。 「そ、それは……あ、あります。今日も、遅刻するなら連絡を入れられればよかったんですが……お客さんと打ち合わせが長引いて、いっぱいいっぱいになってしまって……申し訳ございませんでした」 すっかり落ち込んだその姿に、佐野の胸は痛くなる。お客さん──クライアントである太陽ファーマは悪い意味で体育会系の気質を持つらしく、無茶を言われることも多いと聞く。 西は、表情一つ変えずに「大丈夫ですよ」と頷いた。 「ですが、気になるのは業務上のミスですね。正直、太陽ファーマさんみたいなきっちりしたクライアントだと、些末なミスも許されない雰囲気でしょう?」 「はい……」 西は「ふむ」と頷いた。 「ということは、もうかなりまずい状況ということですね」 「え?」 ギョッとする竹内に、西はシニカルな笑みを浮かべて見せた。 「正直ベースで伺いたいのですが──ここ最近、なんとなくクライアントの要求を断りにくくなっていませんか?」 「は、はい。まさにその通りです」 「本来なら断るべき、スコープ外の要求も受けざるを得なくなっていたり」 「あり、ます」 「なんならPMもクライアント側についたりして」 「そんな感じ……です」 その姿、占い師の如し。 ずばずばと自分の状況を言い当てられた竹内は、目を丸くして西のことを見つめている。 「そんなあなたに」と数珠や壺をすすめられたら買ってしま勢いだ。 西が、もう一つ頷いてから「そんな竹内さんに」と切り出した。 だが、当然西が切り出したのは数珠でも壺の販売でもない。 「ご提案があるのですが、人員増員をしてはどうでしょうか? 人事の方から働きかけて、余裕のありそうなエンジニアを配置してもらうんです。幸い、今は余裕のあるプロジェクトも多そうなので、工面できると思うのですが」 「そ……それは」 躊躇う竹内にたたみ込むように西が続ける。 「竹内さん。今の状況は、よくある悪循環なんです。業務量が増え、負荷がかかると当然ミスが増える。ミスが増えると、ミスをしたと言う負い目があるぶん、クライアントからの無理な要求を断りづらくなりパワーバランスが壊れる。そしてさらに業務量が増える──という負のループに陥ります。それを断ち切るためには一時的にでも人員を増やすべきだと人事部の方では考えています」 その言葉に、佐野は内心ガッツポーズをした。便利屋に頼るくらい逼迫した状況を抱えていたのだから、人員が増えるのは願ってもないことのはずだ。 「それはもちろんありがたいんですが……でも、いいんでしょうか? 本来は自分の能力が足らず、業務時間を逼迫させているだけだったのに……」 迷いの残る竹内の言葉に、きっぱりと西が言い切った。 「いいに決まっています。そのための会社なので」 すると、竹内の顔がようやく少しだけ安心したようになる。 「わかりました……本当に、ありがとうございます。本当は、もうどうしていいのかよくわからなかったんです。こんなに親身になっていただけるなら、もっと早く相談に来ればよかったです」 そう言って、竹内は嬉しそうにはにかんだ。 た。 *** 郵便室内の衛生事情は日を重ねるごとに悪化している気がするのはなぜだろう。 佐野は、室内の通路を音を立てないように歩きながら、たまらなくむずがゆい鼻をつまんだ。息を止めること約1秒。無事にくしゃみの発作を抑え込むことができた。 「まじで、どうなってんだ……この空気の悪さは、っと」 またしても鼻がむずがゆくなり、佐野は鼻をもう一度強くつまんだ。いっそのこと、洗濯バサミでも鼻につけておきたい。 鼻をズビズビ言わせながらも、ようやく郵便室の最奥のドリンクサーバーの前に辿り着いた。 慣れた手つきでドリンクサーバーの蓋を開け、中に手を突っ込む。内部を弄るように手を動かしても、指先には何の感触もない。 ──もしかして、今週は依頼なし? 信じがたい気持ちで、スマホのライトでサーバーの中を照らす。 だが、目に入ってくるのはサーバー内部の部品だけで、依頼の紙はどこにも見当たらなかった。 「本当に何もない……」 ここに何の依頼も入っていないということは、つまり、あの青ざめた竹内からの依頼もないということだ。 佐野は小さく首を捻った。残業面談をしたのは先週だから、人事からの人員補充はまだのはずだ。 たまたま、プロジェクトの業務が落ち着いているのだろうか。 それか、人員補充が来るとわかって少し気分が落ち着いたのかもしれない。 どちらも十分にあり得そうな話ではあった。 佐野は小さく安堵の息をついた。 よほど切迫した状況の人間しか便利屋などリスキーな制度を頼らないのだから、依頼などないに越したことはない。 依頼されて業務をこなす佐野も相当のリスクを抱えているが、依頼する側も、こんなことがバレたら懲戒ものだ。 竹内からの依頼の頻度はかなり多い方だったので、そろそろ明るみに出やしないかとヒヤヒヤしていたのも事実だ。 「救出完了かな……っと」 また一つ、スタンプを押せたような気持ちになって佐野は満足して微笑んだ。

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