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1.LOCK/診断(4)

 照明が一段明るさを増した。部屋の隅で相馬が、シーリングライトのリモコンを操作していた。  テーブルの上に、透明なガラスのティーカップと、淡い色の小振りなドライフラワー。熱いはずの紅茶の湯気が、蛍光灯下で冷たそうに見える。  肌色に近い木の椅子を引いて、手を止めた。  半身になって振り返る。  相馬が控えるはずの部屋の扉が、今日はわずかに開いていた。そこから、煙草の臭いが流れ出している。  眉間に、少しだけ力が入った。  瀬戸が部屋の方へ顔を向けた。 「|真壁《まかべ》。ここは禁煙なんだ」 「ああ、すまん」  隙間から見えていた、赤いスーツの人影が手を振った。煙草の臭いだけが、まだ消えきらない。  椅子に座ると、体温が馴染む。膝の上で、緩く指を組んだ。  ひと呼吸。  緊張が解れる。無表情でいるのは、違う気がした。  結局、柔らかく笑う。 「真壁は、市内で会社をやっているんだ。それに、大学の同期でね。医者にはならなかったが、長い付き合いなんだ。詳しい紹介は、また後で」 「ムサシさん、真壁さん、と――。えっと、僕のバイト先の人、ってことですか」 「そうだ。今日は、あと二人ほど来ている。外で待ってもらっているよ、流石にね」 「……はは、取調室みたいですね」  唇が落ち着かない。透明なティーカップを手に取り、一口。  目線だけ前へ向けると、瀬戸の綺麗な手が、ネクタイを直した。  結び目を、少し強く引く。 「今日は、いや、これからも。君を確実に、いかすために」 「僕を……?」 「彼らにも、君を知ってもらう」  ――瀬戸が、そう、言うのなら。  イオリは微笑んだ。 「安心したかい」  はい、と言おうとするが、それより前に瀬戸が口を開いた。 「それじゃ、診察しよう。真壁、君たちもこっちへ」  奥のドアが開いた。  先ず現れたのは相馬。両手に白いニトリル手袋をしている。  そしてぞろぞろと影が続く。赤いスーツの男、さっきドアを開けた黒スーツの男。  赤いスーツの男が、前に出た。そこならイオリの頭からつま先まで、よく見えるだろう。イオリからも、彼の華の有る整った顔立ちがよく見えた。  もう一人は壁際へと退く。  序列が示された。  イオリを出迎えた黒スーツの男は、部屋の隅に仁王立ちしていた。  視線。  問題は、ない。どれも、平熱の視線だ。  ――……。  一つだけ、刺すふりをしている。  部屋の隅の男。イオリを出迎えたときに見せた鋭い視線の先が、外れている。 「……先生、お願いします」 「ああ。服を脱いで、伊織君」  イオリは立ち上がり、上着を椅子に掛けた。柔らかいニットを床に落とす。相馬がそれを拾って、畳んでくれると知っている。だから、床は見ない。 「……なんだよ、それ」  低いけど、若い声。黒いスーツの彼が険しい目つきで、表情を強張らせていた。 「コルセットだろ」 「……うっす」 「腰痛ベルトじゃねえヤツな」  触れると滑らかで、皺一つ無い、胸下から腰を包む、黒い装具。縦のボーンが規則正しく並び、イオリの身体を逃がさない。  臍の高さのホックを外す。下から、上へ。解剖するかのように。  締め上げられていた肋がゆるみ、呼吸が楽になる。  肺が広がっても、喉の引っ掛かりは消えない。  両胸のピアスに引っ掛けないよう、シャツを脱ぎ捨てた。  ――少し寒い。  瀬戸がマウスに手を伸ばし、指先がカチッと小さな軽い音を立てる。瀬戸の瞳に、四角い光が映り込む。 「最近、睡眠の方はどうだい」  瞳が、画面からイオリへと移った。 「……しっかり寝てます。寝過ぎかも」 「夜中に目覚めることは?」 「まだ、たまに」 「どれぐらい」 「……週に一、二回」  背を僅かに丸め、チノパンの留め具に手を掛ける。  ファスナーの歯が離れていく僅かな振動が、指先に纏わり付く。 「気分が沈むことは?」 「大丈夫、です」  瀬戸の睫毛が、微かに揺れた。 「――薬は、変えなくて良いかな」 「はい」 「食事は?」 「……摂っています」 「今朝は食べたかい」 「……果物を少し」 「足りない。伊織君はすぐ削る」  視線が一瞬だけ腹部に落ちる。 「回数を増やしなさい」  瀬戸の眉尾がすこし下がった。 「わかりました」 「じゃあ、下を見せてくれるかい」 「……脱がせるん……すか」  頷いたイオリの手が止まる。壁際から掠れた声がした。男達の気配がざわめく。 「どうした。裸なんていつも見てんだろムサシ」 「……うす」 「続けていい。伊織君」  視線が、イオリの身体へ帰ってきた。  残っているのは、下着だけ。肌と腰ゴムの間に手を滑り込ませる。  ストリップショーというよりも、検品されているようだ。引っ張り下ろしたボクサーパンツから、足を抜いた。  何も感じない、と言えば、嘘だけど。  この感覚が何という名前なのかは、まだ瀬戸にも訊いていない。  全身が、男達の前で露わになった。

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