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1.LOCK/診断(5)
身体は軽いのに、足は確かに床についている。
床板が小さく軋む音。
視線だけ音の方に向ける。
部屋の隅で黒いスーツの男が、足場を確かめるように身動いでいた。
瀬戸が聴診器を首にかけ、イオリに向き直った。
「胸の音を聞くよ」
ひやりと、聴診器が胸に触れる。一回、二回と、冷たさは消えた。
「息を吸って……吐いて。うん、雑音もない。腕を上げて」
イオリが両腕の高さまで腕を上げると、相馬が肘を軽く支える。そこへ瀬戸の両手が伸びる。
――手が近付くにつれ、呼吸の深さが変わる。
「触られていたいところは」
瀬戸が指を揃えて伸ばす。
肋骨が包み込まれる。上から、下へ。
「息を吸って」
呼吸を、忘れていた。
|鳩尾《みぞおち》に触れた親指が、腹の中の柔らかさまで見透かしている。
「吐いて……」
瀬戸が触れ、視て、聴き。
イオリの輪郭を定義してくれる。
「細えな」
真壁が呟いた。そうなのだろう。彼らに比べたら。
でも、まだ足りない。ウエストの括れを指が包む。瀬戸の指先同士は、届かない。
「コルセット、寝るときには必ず外すように」
「はい」
「小倉さん失礼します、触ります」
前置きし、相馬がイオリの横に立つ。顎を上げると、白い手が顎を支え、下唇を裏返すように引っ張った。
瀬戸もイオリの前に出て、胸のポケットからペンライトを手に取る。彼も、いつの間にか手袋をつけていた。
伏せた睫毛。視線は合いそうで合わない。
「綺麗に定着している。次は気になったときで大丈夫だろう」
「何があるんだ」
「タトゥーだよ、真壁」
下唇の裏には、黒い数字がタトゥーとして刻み込まれている。ここは消えるのが早い。口の中に滲む唾液を呑み込む。
「絵か?」
「伊織君が、ご両親から命を貰った日だよ」
「ふうん……」
「――3月|5日《いつか》」
壁際のムサシが、呟いた。
「見えたのか、そこから?」
「……たまたま、す。若」
イオリは眼を瞬かせた。ムサシが言った数字は正しい。
相馬が唇から手を離した。ゴムのにおいが遠ざかる。瀬戸はイオリの胸元から順にピアスの様子を確かめた。
「ピアスは、引っ掛けたりしていないかな」
「はい」
「左胸が、一番最初だったね」
「はい。やっぱり、ちょっと傾いちゃってます」
「そうかい? セルフで初めてにしては、綺麗だ」
「あ……ありがとうございます」
唇が勝手に緩む。イオリ自身を褒めたわけではないだろうと、自分に言い聞かせる。親指を手の中に握り込んで、手の力を緩めた。
「性器ピアスに問題は無いかな?」
「はい、大丈夫です」
瀬戸の手と視線が、下へ向いた。性器を上へ向けられて、すぐに手放された。
「それじゃ後ろを向いて」
「はい」
「小倉さん、お尻触ります」
イオリは瀬戸に背を向け、椅子に手を突いて脚を開いた。ゴムの薄膜が、尻肉を押さえる。相馬の指が浅く食い込み、尻肉が静かに開かれた。
アヌス。
その周囲に、架空の白い花と、存在しない言語のメッセージ。イオリ本人は鏡越しにしか、見たことがない。
「|初物《はつもの》か?」
――真壁の淡々とした反応に、瀬戸と同じ種類の安堵が生まれる。
外見も声も、においも、全然違うのに。
「伊織君はバージンだよ」
「証明は?」
「触診で、診断はできる。さて、感染も起きてないな。――もういいよ伊織君。起きる時、気を付けて」
「小倉さん、ゆっくり起きてください」
相馬が手を離し、素早く手袋を脱いでイオリの身体を支えた。
身体を起こすと、勝手に息が上がっていた。いつもなら、これで診察は終わり。ずれた眼鏡を直す。
「小倉さん、服はこちらに」
相馬がアンダーシャツ、コルセットと順に差し出す。コルセットはすぐにまた装着できるよう、いつの間にか紐が緩められていた。
下半身は裸のまま、コルセットのホックを掛ける。
腰裏に手を回し、中央の紐を引く。
最初は一気に。コルセット全体が締まり、身体が起こされる。ぎゅう、と腰が支えられ、容易には前に曲がらなくなる。
調節と共に「イオリ」が整えられていく。
しゅる……と余った紐を手のひらに滑らせ前へ回し、最後に裏へしまい込んだ。
「どうする、真壁。私としては……」
「いや、良い。お前がそう言うならな」
真壁が煙草を取り出し、瀬戸は再び「禁煙だよ」と苦笑した。肩をすくめた彼は、構わず火をつける。
「小倉さん、どうぞ」
「ありがとうございます」
相馬が、下着を差し出した。
「さて、診察は以上だが――」
イオリが再び椅子に腰を下ろすと、瀬戸が立ち上がり一歩踏み出す。隣に、相馬が視線を伏せ、何かの箱を持ってやってきた。
「贈り物があるんだ」
聞き慣れない言葉に、身体が固まった。
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