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1.LOCK/診断(7)

 診察を終えたイオリは、真壁と共に部屋を出た。背後には、真壁の足音。首筋が落ち着かない。  逆重力の浮遊感に、白昼夢のような錯覚をおぼえる。 「なあ」  背筋が溶けたかと思った。甘く低い声が、イオリにだけ聞こえるよう、耳元を撫でる。 「アイツに嫁が居るのは、知ってるか」  ……アイツ。  ――先生。  身体の温度が、一気に下がる。 『一階 です』  扉が開くが、イオリの足は床に張り付いたままだった。イオリと真壁を抱えたまま、エレベーターの扉が閉まる。 『行き先ボタンを、押してください』  煙の香りが染みついた指先が、首に近付く。  パンッ! 「さ…さわら、ないで……ください」 「……へえ」  真壁の手を叩き払い振り返る。  首輪を自分の手で覆い隠しながら後退った。 「せ……先生の奥さんが、何か、僕に関係ありますか」 「知ってるのか、知らねえのか、どっちだ」 「……知ってます。先生から…聞い、て」  後ろの壁に、追い詰められる。  足の間につま先を捻じ込まれ、腿の間に膝が割り込まされる。  普通なら、喜んだ方が良いんだろうか。  いや、首輪を守る方が大事だ。  顎を掴まれ、グッと上を向かせられた。 「お前、アイツの何になりてえんだ?」 「……何、って…別に、僕は」 「お前はアイツと結婚できねえし、ガキも作れねえ。セフレなら出来るかもな? やりてえか?  違うんだろ、伊織」  自分の名前を口にされ、唇と手が震えた。 「あ、当たり前じゃ……」 「アイツに伝えてやろうか、お前の本音」 「やめて下さい!」 「ッ――と……目の前ででけえ声出すなよ」 「……やめて、ください……」 「わかった、悪かった。巫山戯すぎたよ」  真壁の手が離れ、太腿を割っていた膝を退く。  急に心臓がバクバク鳴りだして、汗が噴き出す。  ――そんなに、分かりやすかっただろうか。 「そんなカリカリすんなよ。行こうぜ」 「……はい」  扉が横に滑り、開く。  真壁の視線は、もう外へ向いていた。イオリも、外へ顔を向けて、エレベーターを降りた。  駐車場の隅に、一台の黒いミニバンが停車していた。  表通りからは死角になる位置。窓には、濃いスモーク。  その脇に、男が三人。  ミラーサングラスを掛けた腹の太い男が、しゃがんだまま煙草をくわえていた。  アロハシャツを着た壮年の男も煙草をくわえ、バックドアに凭れながら腕時計を確認している。  もう一人は仁王立ちのムサシ。腕組みをして、足先だけが落ち着かない。  駐車場を進みミニバンへ近付くと、真壁が一歩先に出て片手を上げた。 「車出せ。こいつも乗せる」 「うっす」  返事と共に、ぞろぞろと車に乗り込んでいく。  今度は、誰もイオリを見ていない。  ただ一人を除いて。  彼とまた、目が合う。  イオリは、力を抜いて微笑んだ。  彼――ムサシは、眉間に皺を寄せた。  苦い物を飲み込んだような顔だった。  イオリを置いて、男達がドアを閉める。最後にムサシがイオリの前へ進んで、立ち止まった。 「――……」 「……あの」  睨まれた。  その視線が、外れない。  イオリは視線を下へ落とした。すると、キツく握り締められた拳が目に入った。皮膚が白くなるほど、力が込められている。  ――殴る側も、痛いんだろうか。 「おいムサシ、ビビらせてんじゃねえぞ」  車内から酒焼けした声。 「……すんません。乗れるか、イオリ」  ムサシの舌打ち。 「……小倉」  それから渋々、ムサシがイオリの背後に回った。  イオリを覆うほどの影が、後ろに行ったことで尚更存在感を増した。  カバンを抱え直して、歩き出す。 「待て。開けるから」 「はい」  逃げる理由が、無い。  ムサシの太い腕が、ドアを開ける。前からも、後ろからも煙草のにおいが濃い。  後部座席の奥には、既に太った男が陣取っていた。 「お邪魔します」  力を抜いたまま笑って、イオリは車に乗り込んだ。続いてムサシが乗り込み、乾いた音を立ててドアが閉まる。  太い男の膝が、イオリの方へはみ出す。逆側で、ムサシの腿が動いた。空気が、少しだけ狭くなる。  イオリは膝を閉じたまま、逃げ場を探さなかった。鞄を抱え、シートベルトを引く。 「痛くねえか」  妙な質問だ。だが、ムサシはすぐに言い直した。 「狭くねえか」 「大丈夫、ですよ」  口答えしたら、また、舌打ちされるだろうか。  カチン、と音を立てて、イオリはシートベルトをロックした。  でも、  舌打ちの音はしなかった。

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