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2.KNIVES/常磐組(3)

 一段、低い声。  狼だ。  狼が口を開けて、眼前に迫っている。 「……」 「狼の群れでも、仲良しに見えることがあります」  目を細め、笑いかけた。  狼は、退かない。右手をテーブルの上に乗せた。  半身だけ、圧が強くなる。 「逃げようと、思わねえのか」 「逃げる理由が、今のところありません」 「俺達が怖くないのか」  瀬戸が隣で紅茶を飲む。 「先生がいますから」  真壁は顎を上げ、背もたれに身を預けた。  左右非対称の笑み。狼が人間になる。 「伊織君が頑張りすぎて、自分を追い詰めないように、君も気にしてやってくれ」 「瀬戸がいなくなったら、どうする」  視界が、細かく揺れた。  鼻の奥がひりと焼ける。  返事が、出ない。 「真壁、それ以上は」  口角を上げる。  上がらない。  もう一度上げる。  左手を固く握り締める。右手で、押さえ込む。 「いなかったことには、なりませんから」  車が揺れた。  は、として窓の外を見る。こぢんまりとした駐車場。  バックの警告音が、妙に懐かしい。エンジンは静かで、タイヤの擦れる振動が腰に響く。  隣には、黒いセダン。  ぴー、と長い電子音。エンジンが止まる。メーターの灯りが、ふう、と消えた。 「よし、二郎、鍵開けてこい」 「うっす、マッサン」  マッサン、とはアロハシャツの男、大森のことらしい。  二郎がドアを開け先に降りた。ひやりとした空気が、車内に流れ込む。続いて、大森と真壁も降りる。  イオリの隣に、ムサシが残った。 「なんで、大森さんがマッサンって呼ばれてるんだろ……」  独り言に、ムサシがぼそりと漏らす。 「ん。下の名前がマサルさんだから」 「あっ! えと、ありがとうございます。そっか…まさる、さん……マサ、サン…マッサン」  口の中で、音を転がす。呼び方の数だけ、時間がある気がした。 「……気になんのか」  隣から低い声が落ちた。そっと顔を見上げる。 「慕われてるんだな、と」 「大森サンが、か?」 「ムサシさんも、慕ってるのかなって」  否定も肯定も、ない。ムサシは目を細め、イオリを見つめていた。 「…………変わらねえな」  何のことだ。  瞬きしていると、ムサシがドアを開けた。 「若が呼んでる」  そう言って背中を向け、彼も車を降りた。  事務所の入り口に社名が記されている。ムサシがドアを手前に引いて、イオリが通るのを待っていた。  ドアの前で、一度立ち止まる。 「あ……」 「どうした」 「もし、出来たらなんですけど、お願いが」 「いらねえ」 「駄目ですよね……」  首を傾げ、肩を落とす。しかし、ドアを押さえるムサシがぶっきらぼうに続けた。 「違え。  ――敬語」  眉間に皺を寄せたまま、あの鷹の目がイオリを見つめる。 「いらねえ。タメ口でいい」  その視線が、わずかに泳いだ。 「……なんで…?」 「オイ、何モタモタしてんだ」  奥から大森が嗄れた声を上げる。 「はい!」  思わず返した声が、ムサシと重なった。

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