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2.KNIVES/常磐組(4)

 事務所内には、陶磁器の置物や現代アートのポスターが並ぶ。手前の応接スペースの奥に、パーテーションがあった。その裏に事務机が島を作り、電話とパソコンが置かれている。  奥の一回り大きな机に、黒い木製のネームプレートが一つ。付箋だらけの図録が、開きっぱなしになっていた。 「なあ、若。こんな坊主、本当に良いのか?」  大森が溜め息を吐きながら、頭を掻き、イオリに視線を向けた。 「いーんだよ、普通のやつはいらねえ。こういうツラは、そうそう作れねえ」 「……そうかねえ」 「そう言われても……」  イオリも自分の頬に触れる。真壁に比べたらイオリなど、何処にでもいる顔だろう。 「マッサンの仕事も少しは楽になるぜ。伊織、お前パソコン使えるか」 「…あ、はい。レポート作ったりするぐらいなら使ってます」 「最新版って名前のファイル、馬鹿みたいに何個も作らねえよな」 「それは、しないですね」 「ほら、二郎よか使えるだろ」 「が、頑張ります」  真壁に背中を叩かれて、イオリは大森へ会釈した。 「ったく……二人で勝手に話進めやがって。荷物はソファにおいて構わんぞ、坊主」 「ありがとうございます」  大森の許可を得て、イオリはそっと自分のカバンを端に置く。視線を上げると、ムサシが背広を脱いでいた。  背中では、同い年に見えない。 「ムサシ、飯買ってこい。いつもの、六人前」 「うす」  すぐさまムサシが受話器を上げた。真壁と大森は煙草を咥える。二郎は真壁にライターを差し出した。 「……もしもし。トキワっす。弁当……あ、今日は六人分……」 「――食うだろ?」  ムサシが電話を掛ける横で、真壁が顎でイオリを示した。  視線。  背筋がうずいた。  受話器を持ったムサシの方を見る。 「……あ、はい。何でも食べます」  イオリが笑うと、ムサシは顔を伏せた。  口では何でも食べると言ったのに、腹は静かだった。  反対側から、楽しげな視線。笑いを堪えている。 「何でも、ねえ。……ムサシぃ、そっちも面倒見ろよォ?」 「ジロサン」  低い声。  ニヤついていたレスラー男が、動きを止めた。  真壁が煙草の灰を落としながら、低い声で「掃除」と呟いた。 「……俺、飯、買いに行ってきます」  ムサシが背を向けて、足早に外へ出た。  重たいガラス戸が勢い良く開かれ、ゆっくりと閉じていく。 「…そんなに欲求不満に見えるのかな」 「気にすんな、二郎は空気読めねえだけだから」  パーテーションに手を添えながら、イオリは半笑いで口を閉じた。  あの広い背中や、大きな手に、触れてみたいと思う。  だけど……。  ――ポルノみたいに、あっさり欲しがれたら、よかったのに。 「おい」 「あ、はいっ」  いつの間にか赤いスーツがすぐ側に立っていた。  肩に手が置かれる。  指輪をした、以外と細い指。 「瀬戸に家庭があるのは知ってるんだったな」  パーテーションを隔てたソファへ、自然と導かれ、座らされた。  真壁はイオリの両肩に手を置いて、後ろに立ったまま。 「……はい」  首を捻り、見上げる。  笑っていない、細められた目。  喉にいやな冷たさが込み上げる。目を逸らすように前を見た。 「じゃ、店をやってるのは知ってるか」  肩の手は、置かれただけ。香水と煙草の香りが濃くなる。  真壁の吐息を感じた。 「それが、ちっとタチの悪い連中に目ェつけられちまってんだ。……今はウチがそいつらを抑えてる」 「そう……なん、ですか」 「仕事がうまく行きゃ、状況次第で抑えるだけじゃなく、叩ける」 「それは、先生も知ってるんですか!」  上を向いて、真壁を見上げた。  真壁が、目を僅かに瞠り、そして再び笑みを深めた。 「ああ、知ってる」 「…………そっか、なら……よかった」  はぁ、と息を吐いて目を瞑る。  少し肩の力が抜けた。 「上手くいけば、だ」  煙草と香水のにおいを孕んだ吐息が、笑うように、揺れた。 「どんな仕事、ですか」  真壁の目が、イオリを受け止める。 「ハニトラってわかるか」 「えっと……すいません」 「色仕掛けってやつ」  イオリは、はたと眼を瞬かせた。  言葉の意味。  ホストのような、目の前の真壁。 「お、女の人を、口説け――って、事ですか」  今度は真壁が、噴き出して笑った。 「なっ……何で笑うんですか」 「違えよ。んな事出来るタマじゃあねえだろ、お前」 「……はい」  ふっと鼻で笑われた。 「|吾分隈 善一郎《あぶくまぜんいちろう》。クソ爺が相手だ」 「あぶくま……さん」  耳馴染みの無い名前。当然、顔も思い浮かばない。  いつの間にか俯いていた顎が、再び真壁に上向かされた。 「肉の壷になれ。蜜で満タンのな」 「……それで、上手く行くなら」  真壁が顔を寄せる。  唇が触れる寸前で、止まる。 「上手く、いかせろ」

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