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3. ADOLESCENT/共犯(5)

「俺、沖縄行かねえ」  土曜日。朝十時。  公民館の入り口で、背中越しにムサシが言った。 「……なんて?」  待ち合わせの時から、ムサシはずっと背中を向けていた。  秋というには少し早い時期。二人ともまだ半袖のTシャツ姿。  時折、他の利用者が通る。 「おきなわ、って、何? なんか行くっけ。待って、えっと」 「修学旅行」 「しゅうがく、りょこう……」  鳥肌が立ち、手を握り締める。  何度も瞬きを繰り返した。  ムサシの背中は動かない。  具合悪いの?  じゃ、後から来れるよね?  頭の中で次の言葉を探すが、わかっていた。  訊いては、ダメだ。  ムサシの成績は良い。  遅刻も欠席もしない。  ケンカはするけど、理由がある。  なら。  多分、ムサシの家で、何か揉めてる。 「…………」 「………………」  ムサシが背中を向けたまま、汚れた壁に凭れた。  一回だけ、壁を叩く。  頭を、擦り付ける。  声は聞こえない。  一人で、ムサシは  残るのだろうか。 「じゃあ、僕も行かないから!」  大声。  通り掛かりの人が、驚いて立ち止まる。 「……冗談、やめろよ」 「行かない」  ムサシの方へ足を踏み出す。  まだ、振り返らない。 「沖縄だろうと、たとえハワイだろうと、行かない」 「行けよ」 「行かない!」 「修学旅行だぞ」 「だから何」  手を伸ばせば、触れられる。  ムサシの肩は、ずっと震えていた。 「ムサシ…触っていい?」  あの日の図書室で見た、彼の言葉を真似る。  肯定も否定も、返ってこない。  唇をギュッと結び、待つ。  鼻の奥が痛い。しょっぱい味が、唇から染み込んだ。 「――ッ」  手の甲で、顔を拭う。  その時、ムサシが頷いた。  殆ど呻くように、「うん」と言った。  肩を掴むと、ムサシが自ら振り返る。 「何でっ、泣い、てンだよ。イオリ」 「ん、ぐ」  背中に、ムサシの両手が回る。 「何考えてるの伊織⁉」  母が、怒鳴った。  修学旅行当日。  当然だ。一生に一度しかない、高校の修学旅行を、本人が仮病で休んだのだ。 「ごめんなさい」 「もう……信じらんない。ねえ、学校で、誰かにいじめられてて行くのがイヤ、とかじゃないの? 本当に?」 「うん」 「じゃあ、なんで……」  ベッドの上で、パジャマの膝を見つめた。  何度目かわからない、母の溜め息が聞こえた。 「ごめんなさい」 「……もうママ、仕事行くからね」  父と母と、それから同じ班のメンバーには、悪いことをしたと思う。それも、かなり、重大な悪いことを。 「伊織」 「はい」  母の手が突き付けられた。 「スマホ没収」  死刑宣告、では無いが、懲罰房入りクラス。 「それは……ちょっと。本当にごめんなさい、ママ」 「あんた、ゲームする気じゃないでしょうね」 「違います」 「じゃあ、学校の時間中、無くても平気でしょう。スマホ」 「う……」  再び母の手が、ズンッと迫る。 「ほら、早く」  枕元にあったスマートフォンを、渋々と差し出した。  ゲームはおろか、音楽も聴けない。  なにより、ムサシと連絡が取れない。  勿論、次の日まで、外出も禁止された。  誰も居ない教室でムサシと会えたのは、三日後のことだった。  二年生の重大行事を共にサボタージュした共犯。  なのに――、三年生の冬。  卒業式にも、  アルバムにも、  村瀬朝志は、居なかった。

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