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3. ADOLESCENT/共犯(6)

 ――もうすぐバスが、自宅最寄り駅につく。  窓の外には、見慣れた景色。いつも通る歩道。  イオリの隣には、丈の少し足りない制服を着た、赤毛の、痩せた少年ではなく、  身体に馴染んだ黒いスーツに、  黒い髪の男が座っていた。  肩幅が、広い。 「髪……黒かったんだ」 「いや、染めてる」 「……誰だかわかんなかったじゃん」  額を、前の座席の背もたれに押し付けた。  エンジンの振動が、額から背骨へ広がる。 「……」 「なんで染めてるの」 「別に」 「……そ」  思い出せない。  どんな顔で、  どんな話を、  どんな声色で、  どれくらいの距離で  話していたか。  昔より低くなった声。彼の体つきが、変わったからだろうか。 「――変わんねえな」 「僕の、こと?」 「……おう」  隣からの視線も、感じない。  でも、体温と煙草のにおいに包まれている。  肋の裏が浮ついて、落ち着かない。  彼の太腿が、熱い。 「僕が、変わらない、って?」  笑わなきゃ。  彼は、小倉伊織の友達。  唇が震える。  喉が渇く。 「何も知らないくせに」  重たくて|粘着《ねばつ》いて、苦いものが喉の奥に込み上げる。  二の腕に鳥肌が立った。 「お袋さん達は、知ってるのか」  声のトーンは、変わらない。  また、バスが乗客を迎え入れる。  首輪が急に、冷えた。 「知らないよ」  ふわふわする。 「二人とも死んだから」  身体が、ぶかぶかだ。  スカーフの上から、首輪に触れる。  薄い生地の奥に、冷たい金属。  息を吐けば、次は勝手に吸う。  大丈夫だ。大丈夫。 「つぎ、おりるね」  ゆっくり、身体を起こす。  丸まりそうな背中は、コルセットが支えてくれた。 「…………俺も降りる」  眼鏡を指先で押し上げる。  ムサシの方を向いて、  目を細め、頬と口角を動かす。 「そう。……あ、次からは先輩って呼ぶよ、ムサシ先輩」 「あ?」 「厳しいでしょ、そういうの。体育会系のノリ」 『次は』  イオリが降車ボタンを押す前に、誰かが押した。 『並木北、並木北。次、止まります』 「ムサシでいい」 「どうして? ああ……そっか。こんな奴に、先輩って呼ばれるの、気持ち悪いよね」  軽く首を傾げて、眉尻を下げて。  この顔で、合ってる筈だ。  ――あんな細っこいのが、ホモに受けるんですか。  ムサシに知られた。  小倉伊織が、異常者だって。  ――おホモだちは多いのかぁ?  よりによって  ムサシに。 「迎え、来なくていいよ。ちゃんとまた事務所行く」  ムサシの手に、筋が浮く。座席の手摺りを、握りつぶしそうだ。 「真壁さん達にも、先生にも、迷惑は掛けないし」  身体が前に引っ張られる。 『並木北、並木北』  がくん、とブレーキの反動。  シュー、と勢い良く空気の抜ける音と共に、ゆっくりと車体が傾いた。 「降りよう」  窓側のイオリが立つ。  ムサシの目が、睨む。 「……通れないよ、ムサシ」  険しく顔を顰め、黒いスーツの男は立ち上がった。  コツ、コツ、と硬い足音が先に行く。  深く息を吐き、イオリも立ち上がった。薄いスニーカーは足音を立てない。  駅に近いバス停は、イオリ達の他にも二、三人降りる客が居る様子だった。  だが、彼らはムサシを一目見ると、道を開けてムサシを先に行かせた。  そして、同乗者であるイオリも通路を譲られる。 「あ、どうぞ」  会釈し、一番後ろに並んだ。  ピッと鳴る決済音。  黒いスーツの男は、既にバスを降りていた。きっと先に行ったのだろう。  それでいい。  イオリがバスを降りると、背後で扉が閉まった。他の乗客は、駅に向かって流れていく。  その流れに逆らって、男は戻ってきた。  足が、動かない。  目の前に、壁のように立たれた。大きな手は、ポケットに隠れている。  顎を上げ、イオリを見下ろした。 「ムサ……シ」  見つめられている。  多分五秒もなかったのに  こんな長い五秒、しらない。 「イオリ  お前は、俺の――恩人だ。  気持ち悪いとか、絶対に思わねえ」  声は大きくない。なのに、耳から全身を震わせる。  喉が、うまく動かない。  オレンジ色の夕陽が、ムサシの顔を照らす。 「後で迎えに行く。イオリも来い」  黒いはずの彼の髪が、赤く見えた。

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