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4.BOXES/隣人(5)
小さな影が、車の前に飛び出した。
「っ――!」
ブレーキを一気に踏む。ガクンッと揺れる車体。
猫らしき尻尾が、門を潜り逃げていった。
「…あぶね……」
ムサシは咥えていた煙草を、灰皿で揉み消した。
左右に一軒家が並ぶ、静かな生活道路。イオリの家が、すぐそこに。
ブレーキから足を離すと、車は再び動き始めた。
時折バックミラーを見る。住人らしき男が、ジョギングをしている。他の車は来ない。アクセルに足を載せるが、踏み込まない。クリープだけで車は進む。電気モーターがコォー……と静かに鳴いた。
ムサシは、一軒の住宅の前で車を止めた。電源も切る。ドリンクホルダーには空のプロテインシェイカーと、半分に減ったミネラルウォーターのペットボトル。
作りは似たような家ばかりだが、玄関先や車、表札に僅かに住人の色がある。
その色が、極端に薄い家。
空き家ではない。しかし、車も、植木もない。掃除は行き届いている。雨戸は閉め切られ、二階も暗い。
表札には、小倉、と刻まれていた。
新しい煙草を取り出す。口に咥え、火をつける。煙を吐きながら、ハンドルに凭れる。
フロントガラス越しに、家の様子を伺った。
高校時代、この家は明るかった。あれは、温かかった。
指の間の煙草が、もう短い。小さな灰皿に、吸い殻が生い茂っている。
イオリの家と反対側から、ワンッと犬の鳴き声がした。
「……」
居ないのだろうか。
短くなった煙草を、灰皿に捻じ込んだ。
車のドアを開ける。
街中とは違う、冷たく、清潔な空気が肺に流れ込む。
外から見上げた一軒家は、ムサシの記憶よりも小さく見えた。
「すき焼き……」
その時、ぱ、と一室明かりが点いた。シャワーの水音が微かに聞こえる。
は、と安堵の息が漏れた。
再び車に乗り込み、視界の端にイオリの家を入れる。浴室の明かりが消えるまで、ムサシは煙草を吸い続けた。
スマートフォンが何度も震える。
画面を禄に確認もせず、ムサシは電話に出た。
「はい」
『ムサシ、お前飯食ったか』
真壁だった。
「いや」
『今どこだ』
――一瞬、躊躇う。
「……小倉伊織の、家に」
『なんだ、張ってんのか』
「はい」
『迎えに行くとか言ってたのは』
「この後、駅に」
『ふうん。拾ったらギャラリーに行け』
「? 事務所じゃないんすか」
『ギャラリーだ』
「鍵は…」
『俺が開けとく』
「うす」
ぷつ、と糸が切れたような音。完全に通話が終わった事を確認し、ムサシはスマートフォンを伏せた。
もう一本だけ、煙草に火をつけた。
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