28 / 33
4.BOXES/隣人(6)
トレンチコートを羽織り、イオリは駅に向かっていた。
首に再びスカーフを巻き、カーキのバケットハットを被る。肩には、昼と同じカバン。
待ち合わせの時間よりも早く、一旦駅を通り過ぎる。
煌々とした、ドラッグストアへ音楽を聴きながら入った。
薬ではなく、食料品の辺りへ。その中でも新商品が並ぶ、通路に面した棚を覗く。
すぐに見つかった。昼間見た新商品のグミ。それと、小分けの小さなハードグミを手に取る。
店内をぐるりと壁沿いに歩き、反対まで行くと、そこは衛生用品の棚だった。
湿布、絆創膏、包帯、それから……コンドーム。
薄型、超薄型、温感ローション付き、蓄光……。
――改めて見ると、種類が多い。
その隣には、ローション。
しゃがんで、一つ手に取ってみた。
使えるのだろうか。
「いや、何に」
首を振り、棚に戻す。
ピピピ、ピピピ。
『Low Battery』
「えっ」
音楽が途切れ、立ち上がる。イヤホンを外すと、イオリの知らないアイドルが、恋のときめきを歌っていた。店内のBGM。
イヤホンの充電が切れていた。ケースにしまうも、赤いランプがつかない。
ケース本体も、電池切れらしい。
カバンのポケットを開ける。蓋を開く。こんな時に限って、バッテリーも充電ケーブルもない。
スマホ用品の棚をダメ元で覗くと、手頃な価格の有線イヤホンがあった。QRコードを読み込み、対応機種一覧を眺める。
「……」
多分使えるだろう。
グミとイヤホンを手に会計を済ませ、店を出た。駅へと引き返しながら、グミをカバンへしまう。カバンの底に、冷えたカレーの袋がある。
土曜夕方の駅前に、人影はまばらだ。
社会人や、ベビーカーを押す家族連れ、楽器を抱えた青年、大きな紙袋を抱えた女性。
黒いスーツ姿は、無い。
人の流れから少し外れた道路沿いに、迎えの車が何台か、停車している。
そのうちの一台、黒いプリウスが動き出した。
駅の裏手へと消えていく。
普段は気にも留めない、街に暮らす家族達の気配が、やけに目についた。
スマートフォンを取り出し、さっき買った有線イヤホンを挿し込んだ。ムサシとの待ち合わせ時間まで、まだ少し余裕がある。
なんとなく見覚えのある黒い車が、視界の端に見えた。
ムサシの姿を探して、改札を行き交う人々を眺める。
「――い」
もしかしたら、向こうもイオリを探しているかもしれない。バケットハットを取った。
「イオリ」
「…………」
「おい、イオリ!」
「えっ、あっ! ごめん」
声は、背後の車からだった。振り返ると、助手席の窓を開け、イオリを睨むムサシがいた。
見覚えがあると思ったのは、さっき一度移動したプリウスだった。
「ごめん、待たせた」
「別に。ちょい待て」
「うん」
助手席に置かれていたビニール袋を、硬そうな拳が掴む。節々が太く、血管が浮き出ている。
ガサガサと音を立て、荷物を移動させると、ムサシが車のロックを解除した。
たばこ臭い。
「お邪魔します」
座席に腰を落ち着かせ、シートベルトを引っ張る。
その間、ムサシは煙草を咥えていた。
「……それ、美味しい?」
「苦い」
「前も言ってた」
「そうだったかも」
シフトレバーをドライブに入れる。
ハザードランプを消す。代わりにウィンカーを点滅させ、車は動き出した。
「真壁さんからさ」
「うん」
「ムサシに飯持ってきて、って言われて」
「……」
交差点で車は右折し、街を南下する。
「サバカレー持ってきた。食べる?」
「作ったのか」
「ううん。貰い物」
「へえ」
ドリンクホルダーのプロテインシェイカーが目に入る。
「そっか……」
「何」
「筋トレしてるんだなぁって」
「イオリもやる?」
「できるかな」
「…………」
「黙らないでよ……酷いなぁ」
イヤホンのケーブルを指に巻き付けては、解く。来た道を戻るように、車は進んだ。
ともだちにシェアしよう!

