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4.BOXES/隣人(8)

 目の前にはレンガ造りの倉庫。入口はガラスの両開き扉。押すと、腕に重みを感じた。 「こんばんは」  ぼんやりと浮かぶ、伏せた白い顔。聖母が、イオリを出迎えた。  正面に佇む彼女の足元に、誰か倒れていた。 「ひっ……」  心臓が一気に騒がしくなる中、室内の薄暗さに徐々に目が慣れる。  聖母も、倒れている男も動かない。  どちらも石の像だった。 「そこで漏らすなよ」  喉奥で笑いながら、真壁が姿を見せた。パッと明かりが灯る。  赤いスーツ姿が、そこに立つだけで周囲を特別な空間に見せた。 「知ってるか? これ」 「えっと……聖母マリアと、誰ですか?」 「ま、レプリカだ」  白い石は、暗い室内でも仄かに光っているように見える。真壁が聖母の頭を、コツンと叩いた。正解は教えてくれなかった。 「ムサシはどうした」 「あ……えと、外で煙草吸ってると思います」 「ふうん」  目を細め、イオリの後ろへと視線を向ける。  イオリもつられて、振り返る。  ドアは動かなかった。 「楽しそう、ですね」 「お前、そういうの言わねえ方がいいぜ」 「すいません」 「別に怒ってねえよ」 「ムサシ……さん、呼んだ方が良いですか?」 「――いや、そのうち来るだろ。来い、伊織」 「はい」  イオリが一歩踏み出すと、背中にまたぬるい風が流れた。  ドアが開く。 「遅かったな」  潮風に、煙草のにおいが混ざった。  ムサシが、イオリの背後に立つ。 「すんません」 「クソのキレが悪いのか。そういう日もある」 「っす」  ムサシが、イオリの腕を握った。 「転ぶなよ。モノを壊すな」  真壁が背を向けて歩き出す。  行く先に、非常口を示す緑の光。  美術品は古そうだが、壁や床、照明はやけに新しい。  古い建物によく見る、後付けの柱もない。 「あれ……もしかして」 「何」 「ここって、結構新しい建物ですか」 「そうなんすか、若」 「ああ。五年かそこら」  ムサシも真壁も、美術品の前では煙草を取り出さない。  展示室の奥に、「Private」と書かれた扉があった。防火扉のように大きな壁の一部だけが、真壁の手で開かれる。  奥の通路は、展示室よりも無機質で、見るからに新しい。真壁が壁に手を伸ばすと、パパッと白い明かりが、通路奥まで点った。 「時は金なりって言うだろ」 「逆に、ですか」 「そう。パチモンでもな」  バックヤードには、平積みされた木のパレットや、美術品らしきものが鉄パレットの中に梱包材とロープで縛り上げられ、固定されていた。拘束服に見えなくもない。  程なくして、三人は貨物用のエレベーターの前に立った。やはり真壁がボタンを押す。  ガコン、と重い音と共にモーターが回り出し、扉が開いた。  乗り込むと、監視カメラが天井の隅で、目のようにこちらを向いた。 「二階が事務所と、応接スペースな」 「はい」 「さぁ今夜は秘密の地下室にご招待だ、嬉しいだろ、伊織。エロマンガみてえで」 「なぁっ――何を」  自宅での会話を蒸し返され、耳まで熱くなる。  目だけでムサシを見ると、彼は床の一点を睨んでいた。  真壁は喉奥で笑った。  三枚の鉄扉が横に滑り出し、閉まる。真壁はポケットから鍵を取り出し、B2ボタン横の鍵穴に差し込んだ。 「安心しろ、今日は何もしねえよ」 「……」  ムサシが、イオリの腕を握り締める。  がこん。  動き出しの揺れが、一度だけ身体を突き上げる。重い匣をゆっくりと、機械が下へ下へ下ろした。 「じゃあ、いつかするってことですね」 「……若、コイツは」 「よくわかってるじゃねえか」  ――ガコン。  再び身体が突き上げられた。  開いた扉の前には、重たい幕。  遠く壁の向こうから、低いモーター音。 「ムサシ、手ぇ離せ」 「…………」 「お前は、ウチの人間だからな」  ムサシの呼吸が詰まる。  歯を食い縛る音が聞こえた気がした。  幕の向こうに、人の気配は感じない。  振り返ることは、しなかった。  幕の向こうへ進むと、誰も居ない椅子が並んでいた。  どれもビロード張りに肘置きのついた、ゆったりとした椅子。イオリの立つ舞台から、客席はすり鉢状になだらかに段を形成している。 「明かりつけるぞ」  壁際に設置されたライトが光った。  天井は灰色の配管が走り回り、低い音を立てている。  機械で出来た巨人がいて、生きたまま飲み込まれたら。腹の中はきっとこんな感じなんだろう。 「うちの特別展示室だ」 「……展示……」  イオリは舞台を歩き、最前列の客席に触れる。  腰を下ろすと、分厚いクッションが身体を包み込んだ。手触りも、ケチのつけようが無い。  真壁が隣に腰を下ろす。初めて肘が軽く触れた。 「オークション会場みたいですね」 「用意が出来たら、お前もここに立つ」  視線を上げる。  舞台の隅で仁王立ちするムサシがいた。  ――ここに、立つ。  ああ  そういう事か。

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