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4.BOXES/隣人(10)

 休憩室は、靴を脱ぐようになっていた。和室だ。  真壁のセンスにしては、妙に浮いている。  畳に丸い座卓だ。その周りを、濃いグレーの座布団が等間隔に並んでいる。一つだけ黄色いキャラものの、小ぶりなクッションがあって、それだけはへたっていた。  冷蔵庫と電子レンジ、電気ケトルにテレビもある。それだけなら、大森や二郎が寝転がっていそうだった。  ただ、畳は真新しい緑色で、縁もなく、草の匂いもしない。電子レンジは本体がワインレッドだ。 「……真壁さんもここで休憩するの?」 「しねえ」  即答。  しないんだ、と笑ってしまった。  カバンから、ジップロックに入ったサバカレーと冷凍の白米を取り出す。冷たい容器が汗を掻いていた。 「……つめてぇ」  容器に触れたムサシが、数度目を瞬かせた。 「冷凍庫入れてたからさ」 「甘口?」 「わかんない。まだ食べてない」 「食ってねえの」 「お腹空いてないからさ。でも、先生にもっと食べなさいって言われたから、豆腐食べてきた」  ムサシにカレーを差し出し、白米の上に乗せる。彼は顔を顰めながら受け取った。 「……瀬戸サンが食うなって言ったら、食わねえのか」  遅れて、手を離す。 「何、急に。出来る限りかな……。でも、先生だから」  舌打ちが、小さく響いた。  ムサシはもう背中を向けて、電子レンジの前に立っている。 「お皿ある? 僕持って無いんだけど」 「要らねえ」 「スプーンは持ってきた」 「……要る」  小さく笑う。イオリは、座布団を一つ引き寄せて座った。腰を据えると、しっかりと厚みがある。  ぶぅん……と電子レンジが唸る。ムサシはイオリに背中を向けたまま、煙草を咥え、火をつけた。  白い煙が、骨張った指先から立ち上る。人差し指と中指の根元で煙草を挟む持ち方。口元を覆うように煙草を吸う姿。  変わらない仕草。  変わったシルエット。  一々比べては、自分で胸の中にささくれを作っている。 「煙草吸うのがさぁ、サマになったね」 「……まぁ、ガキの頃よか」  レンジが、ピピピと鳴いた。  ムサシは、解凍した白米を直に座卓に乗せ、ラップをそのまま皿代わりにカレーを食べはじめた。 「美味しいでしょ」 「ん」 「お向かいさん、料理上手でさ」 「ちょい、辛……」  頬杖を突く。眺めているだけで、腹が満たされる気がした。  ふと、ムサシと目が合った。視線だけ上げていた彼が、遅れて顔を上げる。 「イオリ」 「ん?」 「食えよ」 「え、いいよ」 「よくねえ」 「……じゃ、一口」  手を出しかけて、引っ込めた。  代わりに口が開いた。 「あーん」 「昔っから、そういう所あるよな」 「そう?」 「そう」  温かいスプーンが、唇に触れた。さっきまで、ムサシが使っていたそれに、抵抗は感じなかった。  口の中に、香辛料が広がる。  離れていくムサシの手首からは、煙草のにおい。  こういうのも、悪くない。  もう一口欲しいかも。  そう思った時には、ムサシがまた食べていた。 「……辛くて美味しいね」  迷っているうちに、持ってきた二食分の白米も、ムサシはサバカレーと共に黙々と平らげた。  唇の裏がじんわりと熱くて痛い。  スパイスの所為だろう。  きっと。

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