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5.URGE/侵食(7)

 手を洗い休憩室に戻ると、ムサシはいなかった。  暖房の風が、イオリの頭を撫でる。  壁のスイッチを押してエアコンの電源を切り、となりの事務室を覗くと、二人とも居た。 「……失礼します」  ぱっとムサシが振り返り、イオリの姿を見て眼を瞬かせた。 「そうだ。イオリ、朝飯」 「え、何? 朝ご飯は、持ってきてないよ」  カレーはムサシが食べたじゃん、と首を傾げていると、ムサシが首を振った。 「外で食う」 「お前、朝はパン派か? 今日は諦めて米食え」  真壁がスマートフォンを操作しながら、椅子ごと回る。ムサシは、そんな真壁を放置しイオリの傍へとやって来た。 「白いご飯も食べます。おにぎり……とか」 「二郎も呼ぶか」 「ジロサンは、嫁さんの飯食ってンじゃないっすか」 「まっ、アイツなら朝飯二回でも十回でも食えンだろ」 「え、え? どこで食べるんですか」 「大森サンの店」  ムサシがスマートフォンで、地図アプリを開いて見せた。  ある建物に、赤いピンが立っている。  飲食店を表すマークがついているものの、わかるのは「すぎまつ」という店名だけ。グルメサイトやSNSのアカウントの情報は、表示されていない。 「大森さん、何のお店やってるんですか?」 「行けばわかる」  ムサシと真壁が、口を揃えて言った。  日曜朝の歓楽街は、まだ静かだった。  コインパーキングに駐車し、ムサシの運転するプリウスを降りる。ムサシも降りて両手を組み、上へと身体を伸ばした。 「――はぁっ……」 「おつかれさま」 「イオリ、車興味ねえの」 「んー……免許無いんだよね、僕」  隣には、真壁の運転する黒いセダンが停まる。 「はー眠ぃ」 「あれっ! 真壁ちゃんじゃーん!」 「あ、ほんとだー♡」  声のする方を見ると、ショートパンツ姿の女性二人が真壁に向かって手を振っていた。 「んだよ、お前らか」 「むさぴもいる~ヤッホー」 「おつかれッス」 「放っとけ、ムサシ」  真壁が手で追い払おうとするが、彼女たちはふらふらと覚束ない足取りでやってきた。イオリだったら一歩も踏み出せないようなハイヒールを履いて、見てるだけでハラハラする。 「隣の子誰ぇ? 新しい子?」 「えっ? あ、僕ですか?」 「かわい~、めっちゃウケっぽいわね~」  妙にざらついた彼女たちの声。それだけではない違和感。  声は高いはずなのに、笑う度に喉仏が上下する。化粧で和らいではいるが、鼻筋と顎のラインが妙に角張っていた。  一人がムサシに抱きついて、頬に音を立ててキスをする。その手首も、骨が太い。 「あ……」 「むさぴは優しいから、アタシらの事無視しないもんね」 「……っす」 「あーっ! むさぴかわいい~♡ たべたーい♡」  ――ムサシは、虚空を見てキスされた頬を黙って拭う。 「真壁ちゃん偶には顔見せてよォ」 「は? ウチのもん行かせてるだろ」 「違うの~。ほら、新人の子。まだオッパイも作ってない子いるじゃない。あの子がぁ、真壁ちゃんはいつ来るのかって、めーっちゃ聞いてくるのぉ」 「あ? 妙な新規の客でもついたか」  真壁の声が、わずかに低くなる。  彼女たちも首を傾げて考えたが、すぐに首を横に振った。 「違うんじゃないかなァ。……女のカ・ン♡」 「何がオンナの勘だよ」  真壁が二人のうち、一人の股間に手を突っ込んだ。  咄嗟に、イオリは顔を逸らした。胸が苦しい。 「でっけえの、ぶら下げやがって」 「やぁ~ん♡ 真壁ちゃんエッチぃ♡」 「ムサシ、こいつら駅まで送ってけ」 「っ…………っす」 「俺は伊織と先に、店行ってるからよ」  真壁の口から名前が出て、反射的に顔を上げる。  二人がへらへらと笑いながら、イオリを上から下まで見ていた。 「へぇ~いおり君て言うんだぁ」 「いおりん、趣味女とかするの?」 「えっ? シュ……シュミジョ?」  二人に合わせて笑ったつもりだが、自信が無い。 「……二人とも、送るんで。早く乗って」  ムサシが堪えきれないように溜め息をつき、停めたばかりの黒いプリウスに乗り込む。二人はキャッキャとはしゃぎながら後部座席に乗り込んだ。  窓ガラスが開く。 「真壁ちゃんまたね~♡」 「愛してるゥ」 「おら、さっさと行け、シッシッ」  プリウスが動き出し、コインパーキングを出て行った。  嵐が去った後のように、ふっと静かになる。  どこかで、カラスが鳴いた。  カァ、と。

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