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第12章 奪われた心 選んだ力
朝、王都は曇っていた。陽は差しているはずなのに、光はどこか鈍く、空気が重く淀んでいる。
アシュレイの穢れは安定している。ゆえに数値は理想値——神殿にとって、これ以上ない成功だった。
「情動依存、解消」
「聖騎士は、安定装置として最適化済み」
地下から届く報告は、どこまでも平坦だった。そこに人の気配はない。ただ結果だけが並べられている。
だが祈禱棟最上階にある王子の私室。鏡の前に立つアシュレイの瞳の奥では、黒が静かに渦巻いていた。内なる穢れの制御を、完璧にこなす。だからこそ、暴走もしなかった。
穢れは感情に呼応する。ならば選べばいい。どの感情で、この力を使うのかを——。
「私の穢れは、守られるための力ではない」
誰にも届かない声で、静かに告げる。
「この穢れを、大切な者を奪われないための力に変えてみせる!」
両手を強く握ると、指先に黒が集まった。少しでも気を抜くと穢れが滲むので、凝縮させるために集中しながら武器にするためにイメージした。
するとそれはやがて、刃の輪郭を持った。
「よし……これで奪える」
これまで抑えていた出力を、段階的に解放する。けして、無駄に溢れさせない。当然、暴走もさせない——制御したまま、徐々に強めていく。
その瞬間、穢れの動きに呼応するように、地下の水盤が大きく震えた。
「王子の波形、異常増幅!」
観測神官の声が跳ね上がる。しかもすぐに、異変の質に気づく。
「これは今までとは違う。なんだこれ……暴走ではない!」
「これは……振幅が一定だ。制御されている?」
今まで見たことのない観測に、地下でざわめきが広がる。
「まるで……意図的だ」
水盤を見つめる老神官の表情が、初めて強張った。
目に映る水盤の波形は乱れていない。むしろ、あまりにも整いすぎている。増幅しているのに、一切崩れない——しかも選んでいる。その事実が、神殿にとって最も異質だった。
祈祷棟をまとう空気が、より一層重くなる。不思議と人は倒れない。花も枯れない。それなのに穢れは広がっている。だが——選別されている。
見えない圧はゆっくりと確実に、神殿へと向けられていた。
私室で、アシュレイは目を閉じる。内なる怒りは、燃え上がらない。静かに沈み、核になっている。
「私から大事な者を奪うなら——代価を払え」
低く確かな声が、私室に落ちた。
もう迷わない。愛する人の感情を奪われたのなら、その代償は自分の力で取り立てる。それは守るためではない。自分の大切なものを、取り戻すための力になった。
アシュレイはゆっくりと窓を開けた。王都の空が、さらに暗く淀んでいく。穢れは静かに、しかし確実に、神殿の石壁を蝕み始めていた。
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