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第12話 クロハ
その次の日。
俺がノエルに襲われて四日が過ぎた日。
俺は買い物に出かけた。
医術師の学校に通うのにこの町を離れたことがあるから旅はしたことがある。だけど、あの時は目的があったから大して荷物もなかった。だけど今回は違う。
目的地もない旅。そんなのしたことがない。正直大丈夫なのか、そこはかとない不安がある。
そういう者を冒険者、と呼ぶらしいが、俺はそんなのしたことがない。きっと未知の国へと足を運ぶことになるだろう。勇者の道をたどるとなればいろんな国をめぐるはずだから。
俺はサーシャに教わった旅の道具を買いに、店へと向かった。
背負い袋、野宿する場合もあるから毛布、水筒、松明に火打石。携帯用のナイフに携帯食糧。
これを背負うのかと思うと気が滅入る。
そして医術師のギルドに看護師の募集を依頼をかける。
「あら、旅にでるんですか? それは寂しいですね」
ギルドの女性に言われ、俺は苦笑して頷く。
「ありがとうございます。なので、アマンダだけでは大変なので看護師をひとりお願いしたいのです」
「わかりました。なるべく早く見つけますね」
と言ってくれた。
そして夕暮れになり、サーシャがうちにやってきた。
「身体、大丈夫ですか?」
顔を合わせるなり心配げな顔でそう言われ、俺は頷き答えた。
「大丈夫ですよ。たぶん」
まだあざは治っていないが。ここを離れる、と決めたらいろいろと吹っ切れた。
「あの、ノエルさんは……」
「何もないですよ。伯爵からお詫びがあったくらいかな」
昨日、ノエルの父であるツェルガー伯爵の使者がやってきて、お詫びの手紙と慰謝料を置いていった。
手紙によると、伯爵としてもノエルが俺に執着するのに困っていたらしい。
伴侶が妊娠しているのにもかかわらず、ベータである男に執着するなどもってのほか、だと書かれていた。
なぜノエルはあんなに俺に執着してきたのだろうか。
その謎は、どこかでとけるのだろうか。
慰謝料の一部は、アマンダに診療所の運営資金として預け、受付のニルスにも旅に出ることを伝えた。
「そんなぁ……カミルさんは何も悪くないじゃないですか」
しょんぼりと言われたし、その通りではあるけれど仕方ないと思う。
俺が離れれば、ノエルの執着も薄れると思いたい。
旅に出る旨はツェルガー伯爵に手紙で伝え、家の片づけや準備に追われた。
サーシャは責任を感じているのか元気がなかった。
夕焼けの中、彼は下を俯いてばかりで顔を上げない。
「とっさ、でした」
と言い、彼は自分の手を見つめる。
「貴方を守らなくちゃ、と強く思ったんです。おかしいですね、俺、カミルさんのこと、よく知らないのに。そうだ。あの路地に入ったのもなんだか匂いがしてそれで、カミルさんがいると思ってそれで……」
呟くように言い、彼は顔を上げて俺を見つめる。
匂い。
という言葉に俺もどきり、とした。
そうだ、匂い。
確か、ノエルからも匂いがした。そのせいで俺は動けなくなって……
匂いになにかヒントがあるんだろうか。いったいどういう意味なのか。考えても答えは出ない。
互いに見つめ合いただ沈黙していると、すっ頓狂な声がどこからともなく響いた。
「サーシャ、はらへった!」
まるで小さな子供のような声だ。
「あ、あぁ……ごめんクロハ」
と言い、サーシャは腕に抱いている生き物を見た。
ずっと抱っこしていたのだろう。黒くて全く気が付かなかった。
なんだ、これは。
黒い、犬のような生き物だ。
でも喋った。
それに魔力のようなものをその生き物から感じる。
不審に思い俺はサーシャの腕の中で下を出してハアハアいっているその生き物を見つめた。
三角の耳、真っ赤な瞳。まるっきり犬だ。だけどなにかこう、違和感がある。
「はらへった!」
と、その犬は確かに言った。
少年のような声で。
「……この生き物はいったい……」
言いながら俺はサーシャの顔を見る。
すると彼は苦笑して言った。
「あの、奈落で拾ったんです。怪我をしているみたいでそれで、カミルさんに見てほしくて」
と言った。
「怪我、ですか?」
「はい、そうなんです。拾ったもののどうしたらいいかわからなくて……それで連れてきました」
困った羽様子で言い、サーシャはその生き物を見つめた。
サーシャ達を家の中に招き入れ、俺はサーシャが抱きしめる生き物を観察する。
どう見ても犬だ。だけど犬じゃない。だって犬は喋らないからだ。ではなんだ?
「足を怪我して動けなくなっているところを拾ったんです。手持ちの干し肉をあげたら懐かれて。それで仕方なく連れ帰って来たんですけどこれ、なんでしょうか」
「コレじゃない、クロハ! サーシャ、つけた名前!」
クロハ、というのかこの犬は。
俺は怪我をしたというクロハの前足を手にとって観察する。
「キャン!」
と、痛そうにクロハは鳴いた。
どうやら前足を両方、骨折しているらしい。
これは治すのに時間がかかりそうだ。
俺はその前足に手をかざし、呪文を唱える。
使うのは回復魔法だ。何でも治せる治癒魔法の方ではない。
「キャン?」
不思議そうになき、クロハは俺を見上げた。
「骨折ですね。治るには数日かかるでしょうけど、一週間もしたら歩けるのではと思います。それまでは歩かせないようにしてくださいね」
言いながら俺は、クロハの足に木をあてて包帯を巻く。
「そんな短期間で治るんですか?」
「えぇ、回復魔法があれば短期間で治せます。どうやら魔獣のようですし、人間よりもずっと体力があるようですから。回復魔法は患者の体力を消耗するものなんですよ。体力がある方が治癒も早くなります」
「そう、なんですね。あぁ、だからこの間、俺が骨を折ったやつも治るの早かったんですか?」
あっけらかんと言われ、俺は曖昧に頷く。
それは真実ではないが、本当の事を言うつもりもない。
嘘をつくのは正直嫌だが、仕方のないことだ。
彼に俺の秘密を話す日などこないだろう。そう願いたい。
「でもこの魔獣、どうするんですか?」
「あ……そこまで考えてなかった。どうしよう……」
と言い、彼は困った様子でクロハを見上げた。
なんだか近所で犬を拾って親に怒られている子供のような顔だ。
クロハはきょろきょろとしたあと、サーシャの顔をみつめて言った。
「サーシャ、いっしょ! はらへった!」
「あぁ、お腹すいたよね。どうしよう、何なら食べられる?」
「はらへった!」
これはコミュニケーションが取れているのかいないのかわかりにくい。
「食事、用意しますよ。簡単なものになりますけど」
「え、あ、でも悪いですよ」
「その魔獣を連れて食べに行くわけにもいかないでしょう」
見た目子犬だから魔獣とは思われないだろうけれど、犬でも食堂側は嫌がるだろう。
「あぁ、そうですね。すみません」
恐縮した様子で言うサーシャとは対照的に、クロハは、
「はらへった!」
と、陽気な声で繰り返すばかりだった。
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