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第15話 宿で
太陽がだいぶ傾いた頃、リディへとたどり着いた。
いわゆる宿場町であり、たくさんの旅人の姿が見られた。
大通り沿いに宿屋が多く並び、レストランが夕方のピークタイムに向けて準備を始めていた。
さすがに町の中に入ってまで荷台に乗っているのは恥ずかしく感じ、俺はおりてサーシャと共に宿を探した。
少し時間が早かったおかげか、すぐに宿を見つけ、馬を預けて中へと入る。
「あの……その黒いのは……」
サーシャが抱きかかえるクロハを見とがめられたけれど、
「この子頭いいので大丈夫です!」
と、勢いで押し切っていた。
店主としては動物を中に連れ込まれるのは嫌だったのだろうが、クロハを馬と置いておくわけにはいかないし、そもそもこの生き物がなんだかわかってはいないので目を離すわけにもいかない。
だから中に連れ込むことにしたが、よく考えたらローブの中に隠せばよかったかも知れない。
宿の男性スタッフに案内されたのは二階の、階段を上がってすぐの部屋だった。
「お風呂は一階の奥にございます。夜は十一時までで朝は六時から十時まで入れます。食事は一階のレストランでお願いいたします」
と言い、スタッフは去っていく。
室内には簡素なベッドがふたつ、壁沿いに置かれている。窓際には簡素なテーブルに椅子が二脚。
服をしまうためのクローゼットもある。
こういう宿に泊まるのは久しぶりで、思わずキョロキョロと見回してしまう。
「疲れたでしょう、カミルさん」
慣れた様子でサーシャがマントや革の鎧を脱ぎながら言った。
クロハは俺と同じように警戒した様子で部屋を歩き回っている。
「はい」
そう答えて俺は着ているローブを脱ぎそれをクローゼットにしまいベッドに腰かけた。このまま横になったら今にも寝てしまいそうだ。
足も腰も重く怠い。
「まあそうですよね、普段歩きませんでしょうし。馬と荷車を用意しておいてよかった」
と言い、サーシャが笑う。
馬などを用意するように提案したのはサーシャだった。俺にはその必要性がいまいちわからなかったが、荷物を運ばせることができるし俺が歩かずに済んだので、買ってよかったと心底思う。
「幌も用意しましょうか。そうすれば雨が降っても大丈夫ですし」
その提案を断れるわけがなく、俺は頷き言った。
「ただ歩くだけでこんなに身体が悲鳴を上げるとは思いませんでした」
そして俺はふくらはぎをさする。
「回復魔法で治せないのですか?」
「うーん、どうなんでしょうね。怪我とは違いますし」
そんなことに魔法を使おうとしたことはないから、結果が想像できなかった。
「でも魔法使ったら、疲れるんですよね」
そう言って、サーシャは首を傾げる。
「えぇ。魔法を使う側もですけど、回復魔法は術を使われた本人の治癒能力を高めるものなので、使われた側も酷い疲労感を覚えることがあります」
それを考えると、自分に魔法を使ったとして別の疲労感に襲われることになるんじゃないだろうか。
試してみる価値があるのか悩んでいると、サーシャが立ち上がり俺に手を差し出した。
「風呂に入りましょう。風呂のなかでよく足を揉んだ方がいいですよ」
そういえば一階に風呂があると、宿のスタッフがさっき言っていたか。
俺が差し出された手を取ると、サーシャがぐい、と俺の腕を引っ張る。
「行きましょうか」
と笑い、彼はぱっと俺から手を離した。
一階へ降り廊下を進み、奥にある大浴場へとたどり着く。
この大陸には火山が多く、共同で温泉施設を持っている所も多いらしい。
脱衣所に入ると人の姿はなかった。
見たところ風呂に入っている者はいないようだ。
縦に三段の大きなオープン棚が壁際に並び、大きな鏡もある。
サーシャが慣れた様子で棚の前に立ち、服を脱いで棚にいれていく。
彼の褐色の素肌が、天井にぶら下がる淡いランプに照らされて浮かび上がる。
戦士なのだから当たり前だが、胸板が厚く腕や足も筋肉がついているのがよくわかった。
彼はアルファなのだろうか。
サーシャはノエルの声になんの反応も示さなかった。
ベータであれば彼の声に何かしら、反応をするはずなのに。
見た目では何もわからない。
サーシャはためらいもなく下着も脱ぎ裸になった。
その中央に見える性器は一般の男性よりも大きく見える。アルファは総じて大きいというが……けれどこれだけで彼がアルファである、という断定はできない。
アルファを診察したことなどないしな……
ノエルを診察したことはあるが、そんなところ気にしてみたことはないから比較ができなかった。
俺の視線に気がついた彼は、こちらを見てにこっと笑う。
「行きましょう!」
「あ、そう、ですね」
俺も慌てて服を脱ぎ、彼の後について浴場へと入って行った。
前を歩くサーシャの背中は俺などよりもずっと大きく感じる。
気恥ずかしさを感じ、思わず俺はサーシャから目をそらす。
何を考えているんだ俺は。
俺は男だぞ。
女と付き合ったことはないが、だからと言って男に興味はないはずなのに。
俺はそっと胸に手を当てる。
なんだか鼓動が早いように思う。なにかの異常、なのだろうか?
落ち着かない思いを抱えたまま、俺は湯を浴び身体を清め、風呂へと入った。
石造りの湯船は大人十人は入れそうなほど広い。
木で作られた屋根。
外の空気はすこしひんやりする。
屋根と塀の隙間からわずかに空が見えた。
夕暮れ色に染まり、夜を迎えようとしているのがわかる。
俺は湯のなかでふくらはぎを揉んだ。
一日目でこれでは先が思いやられる。
サーシャの足手まといにはなりたくないのだが。俺がいなければもっと早く進めたのでは、と思うと胸が痛くなってしまう。
そんなこと、気にするだけ無駄なのかもしれないが。
それにしても足も腰も重いしだるい。
歩くだけだというのにこんなにも大変なものだったのか。
「カミルさん」
水音と共に、サーシャの声が聞こえる。
サーシャは俺の隣に近づくとそこに腰を落ち着け、こちらを見つめて笑って言った。
「疲れたでしょう」
「えぇ。かなり」
「そうですよね。とりあえず王都を目指そうと思います。そこで調査をして、また隣の国……というあてのない旅になってしまうと思いますけれど、大丈夫ですか?」
そう言ったサーシャの顔は心配の色に染まる。
大丈夫に決まっている。
俺は今、ノエルの手が届く場所にいるわけにはいかないのだから。
俺はふくらはぎを揉みながら、頷き答えた。
「えぇ、大丈夫ですよ」
「街道は整備されていますし、馬が行けない場所に行く予定はないですからこのまま馬車で移動で大丈夫だと思いますが」
「俺も王都や他国で調べたいことがあるので、ちょうどいいです」
そう答えると、サーシャは小さく首を傾げた。
「調べたいこと、ですか?」
「えぇ。医術に関すること、ですよ」
オメガやアルファの事、とは答えたくないと思い、そう誤魔化してしまう。
なぜかこの男に、そういう物を知ってほしくないと思ってしまった。
するとサーシャはぱっと明るい顔になり、
「そうなのですね。できれば治癒魔法についてさらに調べたいんですけど、医術から調べること、できませんかねぇ」
などと言い出す。
その言葉に、俺は何も言えなかった。
サーシャの身体をよく見ると傷が多くある。彼が戦場を生き延びたあかしだろう。
――治癒魔法があれば、彼の仲間は死ななくて済んだのか。
そう思うと胸に痛みが走る。
現実、そんなわけはない。
怪我がすぐに治れば、そのまま戦場に出る。そして、死ぬまで戦うことになる――
それが正しい事とは思えない。
そう思い俺は彼から目をそらした。
治癒魔法など諦めればいいと思うのに。けれど今の俺に、サーシャを説得する言葉が見つからなかった。
「カミルさん、俺の調査に付き合ってくれますか?」
まっすぐ請うように、サーシャの黒い瞳が俺を見つめる。
その時、ぴきり、と胸にひびが入る音が響いた。
――俺には真実を告げることができないのだから。
俺は思わず目をそらし、小さく、
「そうですね」
とだけ言うのが精いっぱいだった。
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